歴史と知に関するroseknightのブックマーク (16)

  • 日露戦争を勝利に導いた大山巌はなぜ理想のリーダーなのか「何もしない」ことのすごさ:朝日新聞GLOBE+

    歴史に残る優れたトップリーダー」と聞かれたら、どんな人物を思い浮かべるだろうか。 織田信長のような、強烈なトップダウンタイプ。 アンドリュー・カーネギーのような、傾聴力に優れたタイプ。 スティーブ・ジョブズのような、天才肌。 人によってイメージも理想も様々だと思うが、私には昔から一人だけ、 「こんなリーダーシップ、当にありえるのだろうか…」 と、疑問に思っていたリーダーがいる。 日露戦争においてロシア軍を打ち破り、世界を驚かせた大山巌・日陸軍元帥だ。 西郷隆盛のいとこであり、太平洋戦争で日が敗れるまで理想のリーダーとして、多くの人の尊敬を集めた人物である。 日露戦争時の満州軍総司令官、大山巌・陸軍大将=1904年、朝日新聞社 しかしその語られるところは、ある意味で異質だ。 部下に仕事を任せ、自分は何もしない。 いつもニコニコしているだけで、部下の仕事に一切口を出さない。 「責任は私

    日露戦争を勝利に導いた大山巌はなぜ理想のリーダーなのか「何もしない」ことのすごさ:朝日新聞GLOBE+
    roseknight
    roseknight 2023/03/11
    組織に関する僅かな差分を理解できるか否かが指導者の明暗を分ける。大山巌は責任の程度や問題の根源を知り、採るべき方針を考え続けたのだろう。物事を円滑に進めるマネジメントでは組織を導きぬくことは出来まい。
  • 江戸時代は「リスキリング」の時代だった!? 岸田首相に学んでほしい徳川家が行った異次元の教育改革 | FRIDAYデジタル

    德川宗家19代・德川家広さんに聞く NHK大河ドラマ「どうする家康」で徳川家康に注目が集まっている。戦いもなく平和だった時代、徳川家が力を入れたのは“教育”だった。なぜ教育に力を入れたのか? 「平和な世の中にしたかったからです」 こう言うのは、今年19代德川宗家を継承した德川家広さん。 研究者が育ちにくい環境だと、ノーベル賞受賞者に言われる日。スウェーデンでは大学まで授業料が無料だ。“人への投資”を促進すると岸田首相はいうが、具体的に何をしようとしているのか?(PHOTO:アフロ) 「戦国時代に入る前、日は天皇につながる血筋の人間が国を動かしていました。源氏も平家も、皇室から枝分かれした人々です。それが戦国時代になると、身分の低い者が上位の者に実力で打ち勝ち、地位をとってかわっていくようになりました。そう、“下剋上”です。 その最たるものが豊臣秀吉。彼が太政大臣になったことで、『自分も

    江戸時代は「リスキリング」の時代だった!? 岸田首相に学んでほしい徳川家が行った異次元の教育改革 | FRIDAYデジタル
    roseknight
    roseknight 2023/03/11
    海外の知恵を自国文化として昇華させることが江戸時代の歩みだった。徳川幕府は国全体の知性を上げるために前例の無い施策を打ったのだろうか。教育と地方創生は切り離せない。知恵が共同体を生かすからだ。
  • 薩摩藩はなぜ、土佐脱藩浪士である坂本龍馬をスカウトしたのか 幕末維新人物伝2022(1)「坂本龍馬は薩摩藩士か?①」 | JBpress (ジェイビープレス)

    (町田 明広:歴史学者) 新シリーズスタート 2022年がスタートして、もう2ヶ月近くが経過してしまった。筆者は今年、年男であり、還暦を迎えることになるが、恐らく、気がつけば年末なのだろう。それはさておき、昨年の渋沢栄一シリーズに続き、今回から「幕末維新人物伝2022」をスタートさせたい。今年もどうかよろしくお願いいたします。 シリーズでは、幕末維新期の様々な人物を取り上げることになるが、ある人物のおおよその人生を俯瞰して、詳細にお届けすることになるか、あるいは、ある人物の特別なエピソードのみを切り出してお届けすることになろう。 第1回目として、坂龍馬を取り上げたい。おそらく、龍馬については何回も取り上げることになると確信しているが、今回は龍馬が薩摩藩士として活躍することになった経緯を、そして、当に薩摩藩士であったのかを、3回にわたってお話ししたい。まずは、薩摩藩が龍馬を藩士として受

    薩摩藩はなぜ、土佐脱藩浪士である坂本龍馬をスカウトしたのか 幕末維新人物伝2022(1)「坂本龍馬は薩摩藩士か?①」 | JBpress (ジェイビープレス)
    roseknight
    roseknight 2022/02/23
    海軍を再建しようとした薩摩藩と、勝海舟を失った龍馬との思惑は確かに一致した。龍馬は、幕府の思惑を何処まで把握していたのだろうか?小松や西郷は何故脱藩浪士の龍馬を長州へ向かわせた?彼らの思惑は謎だ。
  • 異民族勃興のキッカケは「安史の乱」 インターナショナル軍団が中国史を変えた|大人の基礎ノート 5分でわかる世界史

    1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)、「『なぜ!?』からはじめる世界史」(山川出版社)、「大人の学参 まるわかり世界史」(文春新書)など。

    異民族勃興のキッカケは「安史の乱」 インターナショナル軍団が中国史を変えた|大人の基礎ノート 5分でわかる世界史
    roseknight
    roseknight 2022/02/17
    ハーフである安禄山の軍勢が最大勢だったことを見ると、募兵制は西方等の情勢の影響で成立したのではと思う。節度使の増強こそが、漢民族の凋落の証ではないか。後の五代十国時代は、支那社会を如何に創ってきた?
  • 戦前の日本人は主要国の外交政策をどう捉えていたか~~『少年満洲事変と上海事変』(GHQ焚書)を読む5

    今まで4回に分けて山県信敬 著『少年満洲事変と上海事変』(昭和11年刊)の内容を紹介してきたが、今回はその最終回で、著者が当時の主要国の外交姿勢について述べている部分を紹介したい。このは青少年を対象に書かれているであり非常に読みやすく、かつ分かりやすく、内容についても今の高校生の教科書などよりもはるかに具体的でレベルも高い。戦前の平均的な日人が世界情勢についてどう捉えていたかを知るうえで参考になるのではないだろうか。 アメリカの外交政策について 書の第十四章に当時の主要国の動きが記されている。最初にアメリカについて著者はこう解説している。 世界の各国はいずれも、ただ自分の国家の保全ということだけしか考えないで、そのためにいわゆる弱肉強といったようなことさえ平気でなして来たのでありました。 内にはあり余る資源を有して、それを充分に活用せず門戸を閉じてしまって、他国の容喙など少しも許

    戦前の日本人は主要国の外交政策をどう捉えていたか~~『少年満洲事変と上海事変』(GHQ焚書)を読む5
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    roseknight 2021/12/29
    他国への干渉を進める米国の新モンロー主義やソヴィエトによる対日妨害、中共の跋扈・以夷制夷と日本が脅かされる様は今も昔も同じか。そもそも米国や欧州に接近すること自体に失敗があったのでは。
  • 鳥羽・伏見の戦いとは何だったのか? 1年半におよぶ戊辰戦争の始まりを歴史家が解説 | AERA dot. (アエラドット)

    鳥羽・伏見の戦いの「勃発の地」を伝える石碑/京都市伏見区(c)朝日新聞社 週刊朝日ムック『歴史道 Vol.15』から 幕末、雄藩の台頭や西欧列強の圧力を何とか凌いできた徳川幕府。一方、旧来の体制をよしとせず、維新回天を目指した薩長を中心とする勢力。慶応三年十月、将軍慶喜は事態を収拾するべく大政奉還するが、新政府は謀略も辞さず、あくまでも武力による討幕を目指した──。週刊朝日ムック『歴史道 Vol. 15』では戊辰戦争を大特集。今回は、1年5カ月におよぶ戊辰戦争の火ぶたが切られた鳥羽・伏見の戦いの真実に迫る! 【鳥羽・伏見ではいったい何が起きた? 戦いの経過はこちら】 *  *  * 江戸城の留守を預かる勘定奉行小栗忠順たち徳川家首脳部が、市中を騒がす強盗の根城だった薩摩藩三田屋敷を焼き討ちにかけた。それを受け、大坂城内の徳川勢は沸き立つ。その勢いに押された慶喜は薩摩藩討伐の旗印のもと、将兵

    鳥羽・伏見の戦いとは何だったのか? 1年半におよぶ戊辰戦争の始まりを歴史家が解説 | AERA dot. (アエラドット)
    roseknight
    roseknight 2021/06/16
    乱れた大軍は統制の取れた小軍に劣る。幕府は武器や軍体制で負け、そして仁和寺宮に錦旗を取られたことで外交的敗北を喫した。戦力で優位に立っている時にまともな戦略を立てられない点は今にも通ずるのでは。
  • 豊臣秀吉が「大坂城より力入れて造った城」の正体

    大坂城は小豆島の石を大量に切り出して造られた 秀吉は天正10(1582)年6月2日の能寺の変の後、山崎の戦いで明智光秀を討ち、清洲会議を経て、山城・丹波両国を手に入れると、山崎の天王山に新しく山崎城を築いている。 この山崎城に天守が建てられていたことは吉田兼見の『兼見卿記』にも記されているが、どのような天守だったかは明らかでない。ただ、「天守台」といわれる北側あたりから瓦がみつかっているので、瓦葺きの天守だったことがわかる程度である。 そして、翌天正11(1583)年4月の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破ると、同年9月1日から秀吉は大坂城築城にとりかかっている。天守が完成したのは同13年4月のことであった。その後も築城工事は続けられている。 注目されるのは、毛利輝元が臣従の礼をとったため、毛利氏を天下普請に動員できたことで、瀬戸内海の船を利用し、小豆島の石を大量に切り出すことができた点である。

    豊臣秀吉が「大坂城より力入れて造った城」の正体
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    roseknight 2021/06/12
    戦の勝利や各種用事に応じて城を新築した豊臣秀吉、江戸城等の既存の城を根本的に修築した徳川家康と興味深い。聚楽第が残っていればまだ豊臣政権が長続きしたのでは。城大工が彼らの力源だったことは間違いない。
  • 読書メモ:『尊厳ーーその歴史と意味』 - 道徳的動物日記

    尊厳: その歴史と意味 (岩波新書 新赤版 1870) 作者:マイケル・ローゼン 岩波書店 Amazon 海外の哲学者が「尊厳」という概念について主にカントとカソリック哲学を参照しながら解説したの邦訳。新書ではあるが、内容はそれなりに専門的で、なかなか堅い。 このは「尊厳」という概念についての入門であると同時に、カント倫理学の考え方についてもある種の入門となっている。 著者は、カントの尊厳論について、以下のように要約している。 カントが道徳性を展望する際の基的な出発点は、私たちが自らのうちに「無条件的で比較できない」価値をもつ何ものかーー「人格性」あるいは「人間性の尊厳」ーーを抱えているということである。その価値は手段としてではなく「目的」として扱われなければならない。 しかし、それは人間の行動によって増加したり、人間によって達成されるべき目標として機能したりするものではない。それ

    読書メモ:『尊厳ーーその歴史と意味』 - 道徳的動物日記
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    roseknight 2021/05/29
    無条件で成り立つ尊厳と私欲が交り合うことが法を創るのでは。シラーの、内的葛藤を認める優美論は尊厳の話にも通ずると思う。倫理学は人と動物の断絶の上で成る。動物を家族と見る日本人の感覚とは根本的に違うな。
  • 【戦国こぼれ話】織田信長はなぜ本願寺と10年にわたって戦ったのか。そこには意外な答えがあった(渡邊大門) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    西願寺総門。かつて願寺は、織田信長と死闘を繰り広げていた。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート) 真宗大谷派の浄顕寺(愛知県半田市)に「血判阿弥陀如来絵像」が伝わっているとの報道があった。滋賀県長浜市の信徒らは、この仏画に自らの名前と血判を認め、打倒織田信長を誓ったのだ。なぜ、織田信長と願寺は長い抗争を繰り広げたのだろうか。 ■願寺とは 願寺とは、鎌倉時代に親鸞が開いた浄土真宗の一山である。もともと願寺は、真宗のなかでも弱小勢力に過ぎなかった。応仁・文明の乱以降、蓮如が教団を拡張して大きな影響力を持った。その後、願寺は加賀を支配するなどし、戦国大名が恐れるような存在になったのだ。 では、信長と願寺との戦いは、どのように考えられているのだろうか。 通説的に言うと、願寺は民衆勢力を結集し、武家勢力の代表である織田信長に戦いを挑んだとされてきた。一向一揆は

    【戦国こぼれ話】織田信長はなぜ本願寺と10年にわたって戦ったのか。そこには意外な答えがあった(渡邊大門) - エキスパート - Yahoo!ニュース
    roseknight
    roseknight 2021/03/23
    本願寺と諸大名との相互利益関係が織田信長を苦しめた訳か。周囲が敵だらけであったことが信長による殲滅の要因だろう。民衆による決起といった幻想は事実認識を歪めるだろう。一向宗の成り立ちは如何に?
  • 【戦国こぼれ話】薩摩島津家を守り立てた島津義弘。いったいどんな人物だったのか(渡邊大門) - エキスパート - Yahoo!ニュース

    映画「関ヶ原」。関ヶ原合戦には島津義弘も出陣したが、十分な働きができなかった。(写真:つのだよしお/アフロ) 先日、鹿児島市の幼稚園に島津義弘のエピソードを書いた案内板が設置され、除幕式が催された。義弘といえば勇猛果敢なことで知られ、さまざまな逸話のあることで有名だが、いったいどういう人物だったのだろうか。 ■島津義弘とは 島津氏は鎌倉時代以来の名門で、薩摩国島津荘を名字の地とした。島津荘は、日向国中南部から大隅国・薩摩国の3ヵ国にまたがる日最大の荘園である。鎌倉幕府の開幕後、島津氏は薩摩、大隅、日向の3ヵ国守護を務めた。 天文4年(1535)、義弘は貴久の次男として誕生した。母は、入来院重聡の娘・雪窓である。義弘は兄の義久に従い九州各地を転戦し、島津家の発展に大きく寄与した。 しかし、天正15年(1587)の九州征伐で事態は急変した。島津氏は豊臣秀吉に敗北を喫すると、義弘と義久の関係は

    【戦国こぼれ話】薩摩島津家を守り立てた島津義弘。いったいどんな人物だったのか(渡邊大門) - エキスパート - Yahoo!ニュース
    roseknight
    roseknight 2021/03/21
    文禄の役の軍事負担による財政悪化や久保の死、何よりも義久との待遇を巡る確執が義弘の足を引いたのだろう。石田光成のエリート体質も当人を関ヶ原で苦しめた。捨て奸の実態は本当に正面突破かな?謎が残る。
  • 古代ギリシア、「ワイン」の酒宴が哲学を発展させた?

    東京大学非常勤講師。元法政大学生命科学部環境応用化学科教授。『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。 世界史は化学でできている 火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。化学という学問の知的探求

    古代ギリシア、「ワイン」の酒宴が哲学を発展させた?
    roseknight
    roseknight 2021/03/07
    アルコールには神秘性が付けられて、ワインはシュンポシオンの代表的存在となった。酒が討論会を通じて哲学の発展を支えたのか。化学が思想に結び付くとは興味深い。同様の他の例も見てみたいものだ。
  • よきナンバー2に不要なもの 史記にみる成功者の条件 | NIKKEIリスキリング

    中国・前漢時代の歴史家、司馬遷(紀元前145年ごろ~同86年ごろ)が書き残した「史記」は、皇帝から庶民まで多様な人物による処世のエピソードに満ちています。銀行マン時代にその魅力にとりつかれ、130巻、総字数52万を超す原文を毛筆で繰り返し書き写してきた書家、吉岡和夫さん(81)は、史記を「人間学の宝庫」と呼びます。定年退職後も長く研究を続けてきた吉岡さんに、現代に通じるエピソードをひもといてもらいます。(前回の記事は「多くを偽った役人の不幸 史記が語る『酷吏』の一生」) 国も組織も、ナンバー1の運命はナンバー2によって変わることが多いようです。ナンバー2はイエスマンであってはならず、国のため組織のために最善の方策を持っていなければなりません。そして、ナンバー2は、決してナンバー1から好かれていると信じてはいけないのです。そのことを心得てあざやかに身を引いた人物が史記に登場します。今回は中国

    よきナンバー2に不要なもの 史記にみる成功者の条件 | NIKKEIリスキリング
    roseknight
    roseknight 2021/02/14
    范蠡の成功の原因は名声を得た主君による処分を回避したことにある。一番の座を目指さず、布衣の極に拘らないことが生き残る秘訣か。安倍政権下でNo.2の立場であった菅義偉の末路は范のようにはなるまい。
  • 劇中ではスルーされてしまった天下分け目の“天王山” 光秀が秀吉に敗れた山崎の戦いをめぐる諸説を検証【麒麟がくる 満喫リポート】 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト

    「麒麟がくる」劇中ではほぼスルーされた山崎の戦い。明智光秀と羽柴秀吉の天下分け目の戦いはどのように繰り広げられたのか?かつて歴史ファンを虜にし、全盛期には10万部を超える発行部数を誇った『歴史』(2015年休刊)の元編集者で、歴史書籍編集プロダクション「三猿舎」代表を務める安田清人氏がリポートする。 * * * 能寺の変をめぐる新史料 天正10年(1582)6月2日、能寺の変で明智光秀は織田信長を討った。最近、発見された江戸期の史料『乙夜之書物(いつやのかきもの)』によると、光秀人は能寺襲撃には加わらず、京都南方の鳥羽の地で待機していたという。 『乙夜之書物』は加賀藩の兵学者関屋政春が古老から聞き取った話をまとめたものなので、その内容が信用できるかどうかは、今後の研究を待たねば結論は出ないだろうが、大山崎町歴史民俗資料館館長の福島克彦さんは、能寺の変後、明智光秀が羽柴秀吉に敗

    劇中ではスルーされてしまった天下分け目の“天王山” 光秀が秀吉に敗れた山崎の戦いをめぐる諸説を検証【麒麟がくる 満喫リポート】 | サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト
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    roseknight 2021/02/08
    朝廷への面子立てに腐心した明智光秀と織田一族を味方に付けて事前工作を練った豊臣秀吉との明暗が分かれたか。戦術や戦略においては諸説あるが、どれも興味深い。瀬田橋の説については少し単純な気もするが。
  • 徳川家康は天ぷらで死んだ!? 健康オタク将軍には遺伝的な問題説も/毎日雑学 | ダ・ヴィンチWeb

    今回は「徳川家康は天ぷらに殺された?」など、徳川家康にまつわる雑学を紹介します。 学校では習いませんが、「徳川家康は死因は天ぷらだった」という逸話があるのをご存じでしょうか。徳川家康は重度の健康オタクであったことも知られており、天ぷらで最期を迎えるなんてちょっとあっけないですよね…。では、徳川家康の死因に天ぷらが関わっていたといのは当だったのでしょうか? 徳川家康の死因は天ぷら? それではさっそく「徳川家康の真は当に天ぷらだったのか?」について解説していきましょう。 家康はとても好奇心が旺盛な人物で、欲についても旺盛だったことが知られています。現代でも長生きをする人は何歳になっても欲が衰えないように、家康の長寿の秘訣もよくべることだったのかもしれません。しかし、その欲が災いしたのか年老いてからは腹痛を起こして療養することもしばしばあったそうです。 鯛の天ぷらで腹痛を起こした 徳

    徳川家康は天ぷらで死んだ!? 健康オタク将軍には遺伝的な問題説も/毎日雑学 | ダ・ヴィンチWeb
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    roseknight 2020/12/22
    重度の健康オタク、天下人のプライドが徳川本人を胃がんで死なせたのか。天ぷら(素揚げ)に罪は無いな。加えて、徳川の家系にはがんの遺伝がある。人の忠告にはいつになってもよく耳を傾けておきたいものだ。
  • 独学の達人が教える「歴史を学んでもどうせ意味がないよね」への究極の答え【新年度におすすめの記事】

    ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。 自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。 『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層か

    独学の達人が教える「歴史を学んでもどうせ意味がないよね」への究極の答え【新年度におすすめの記事】
    roseknight
    roseknight 2020/12/20
    現にある状態とは違う可能性を知らなくては違った未来を考えることが出来ないとはいい当て妙だ。現代人の歴史感覚の欠落は社会に悪影響を及ぼしている。歴史は過去との果てしない会話。過去の人の思いを知るといい。
  • あいちトリエンナーレについて

    今話題になっているあいちトリエンナーレについて個人的に思うことが色々あったので書こうと思う。細かいことを話して特定されると普通に死ぬのでぼかすが、一応運営ボランティアとして展示に参加している。 クソ長い。 ==== 「表現の不自由展・その後」について 最初に断っておくと、今話題になっている「表現の不自由展・その後」についてだが、私はぶっちゃけ見ていない。今となっては炎上が勃発した時点で見に行っておくべきだったと後悔しているのだが、いやだってまさか3日で終わるとは思わねえもん。 と、いうのも事前のボランティア研修とかで「表現の不自由展・その後」に注目している人は私の知る限りほぼ皆無だったからだ。一応警備対応とかの事情で説明は受けたがそれについて「楽しみだ」とか「心配だ」とか言っている人は居なかった。別に目を逸らしていたとか重大性を認識していなかったとかではなく、ちゃんと理由もある。 他の人は

    あいちトリエンナーレについて
    roseknight
    roseknight 2019/08/09
    とても考えさせられる。場所などの条件で反応は変わるものだな。
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