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心に関するsemisのブックマーク (35)

  • 生きることが苦痛だったのが何とかなりそうだ

    別に生活が苦しいとか辛いとかじゃないですが、メンタル面で。 俺は、心の根で「この世界や人がすごく嫌だ」と思っている。 実生活には全く支障のないレベルではあるけど、外の世界はすべて、親、親戚、恋人、友人、知人、他人、誰と問わず、もちろん自分も、嫌い。 何かと嘘まみれで音と建て前がバラバラ、思ってることと行動がバラバラ、思い通りにできることは少なく、何をするにも面倒で陶しく、究極的には、人が生きていることそのものが何のためかもサッパリ分からない、きりが無いほどの理由がある。 そんな気持ちでいれば、生きることが苦痛で面倒になって当然のことだった。 「じゃあどうしてそう思うんだろ?」って、嫌な気持ちを解消できるまで考え抜けば良かったものを、漠然としたまま放置していて、心がグダグダになっていた、てのがさっきまでのこと。 さっきシャワー浴びながらハッとした。 ◆この世界のすべては、エゴを基盤とし

    生きることが苦痛だったのが何とかなりそうだ
    semis
    semis 2009/05/21
    根本的なエゴへの反発
  • ブログとかを書き始めたきっかけ - うどんこ天気

    私は高校生の時に摂障害になった。その時、体重管理のために事を大学ノートにメモしていた。そのうち精神状態が荒れに荒れていき、事の量や欲のコントロールできなかったこと、なぜ自分がそう言う行動に至るかをノートに書くようになった。そうしていつの間にか日記になった。私は自分の病気のことを周囲の人に隠していた。誰にも話せないと思っていたので、ノートに文字を書くしか自分の気持ちを静める方法が無かったのだと思う。誰にも見せないつもりだったので罵倒や文句や感情が激しくあふれだしている。今読んでもげっそりする。それから、パソコンに触れるようになって、パソコンを自分で所有するようになった。そしてインターネットで、ウェブ日記、ナスカと言う会社のかわいいカレンダーのレンタル日記で書き始めた。イラストサイトのコンテンツの一つ。文と言うよりは、イラストを更新するまでの間つなぎのつもりだった。しばらく使ってから、

    semis
    semis 2008/10/10
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    仲春はゆっくりと通り過ぎる 寝て起きたら3月である。今日の東京の最高気温は20度を超えている。正月のインフルエンザが完治して、これでやっと健康で文化的な年度を始められるぞ、と意気込んだのも束の間、今度は原因不明の高熱を出して1週間寝込んだ。 脳がグツグツ煮える音が聴こえそうなほど…

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  • 「コミュニケーションで心を共有できる」という幻想 - ピアノ・ファイア

    人間が行う意思疎通というのには二種類あって、「相手が理解できる範疇で特定の情報を知ってもらうこと」と、「私の心の中にある何かを相手にも知ってもらうこと」に分けることができる。 例えば、母親と娘がするような会話の中で、「今日どこに行ってきたん?」と母親が訊ね、娘が「○○町に行ってきた」と答えたとする。 母親の頭の中では「○○町」はデートスポットであり、娘がそこに出掛ける場合、大方デート目的だというパターンがインプットされている。 それで母親が「ははーん、デートか」と知った風な反応を返した時、娘の側で不服を覚えるが、細かく説明するのも面倒だと思ったのか、「うんまぁ」と答えてこの会話はおしまい。 実際の所、娘は「単なる気まぐれで○○町に出掛けたらたまたま彼氏と遭遇して、そのままなし崩し的にデートのような流れになった」という一日を過ごしており、これは母親の頭の中にある「デート目的で○○町に出掛けた

    semis
    semis 2008/03/06
    理解とは
  • 自分の過去に関するメモ

    2007年10月、某心療内科にてうつ病であると診断される。 以下その原因と考えられる過去の事象、及び現在進行形で起きている事柄を可能な限り客観的に記述する事で自分自身の再確認を図りたい。 家族構成厳格な父と、息子を溺愛する母の間に一人息子として生まれる。 両親は婚姻届を出しておらず、私は戸籍上は母の私生児である。 理由は「社会的な規則に縛られない愛の形を体現したい。」という思いから。 つまり、二人は典型的なヒッピーカルチャーの申し子であり、フラワーチルドレンであった。 父厳格、恐怖、威圧的、尊敬。 元ラグビー部員でスポーツマン。 映像に関する仕事。 母優しい、甘い、溺愛、奔放、社交的。 衣類に関する仕事。多忙。我が家の収入の殆どは母が支えていた。 誰からも愛されるような人物。 幼少時代二人とも多忙であったため、家族が揃う事は稀であった。 それでも私は母がいればよかったのだが、母も出張等で多

    自分の過去に関するメモ
  • 人に幸せとか不幸せとか言われる事について - うどんこ天気

    私は自分の摂障害のこと、当時の変遷について、以前のエントリーで書いている。数年たった今は病気は治っている。病気だけではなく、病気であった頃の私自身の特徴的な思考も、ある程度今は変わっている。どうしてそうなったのか、については私は何も言えない。そうなった。他人から見たら「頑張った」「努力した」もしくは「環境が良かった」など色々と意見は有るだろう。私自身からすると色々な要素、全てが絡み合ってこうなった。これからも私は生き続けるだろう、もしくは死ぬ、と言うことしか私には解らない。私は私の人生しか知らないし、私は私であり続ける。そういう私に対して「病気が治ってよかったじゃないですか、今のあなたは幸せなのですね」と言われたら「そうですか」と、今は多分言うと思う。幸せかどうか。私が幸せかどうかはよくは解らない。ここで言うつもりも無い。幸せ、と言うのは、いつだって、誰にとっても、主観にしか存在しない。

    semis
    semis 2007/10/25
    『どうして。私が悪いの?』この辺りにかなり共鳴しました。
  • 曇天 - finalventの日記

    だいぶ涼しい。天気図も秋っぽくなりつつある。というか、草木を見ると着実に秋だ。東京に戻ってから土の秋は美しいものだと思ったものだが、今年はちょっと奇妙な違和感がある。うまくいえない。飽きたというのでもない。 若い頃、とてもつらかった頃、まったく誰も助けてくれなかったとまではいえないが、つまるところ誰も助けてはくれなかった。人生というのはそういうもんだなと諦めたが、そういう自分の人生観は同時に、他者を素通りするようになったのかもしれない。 私は、語ればいちおう父母を慕うようなことを言うし、肉親への感情というのは微妙なものだが、世間で言われるような親の愛情みたいのはついに心に根付かなかった。まあ、そういう人が少ないわけでもなく、むしろ多いのかもしれないので、そのことはどうでもいいのだが、そういう人生の初期設定というのは、楽なものではないな。 それを言い出せば、よく発狂もせず、自殺せずに生きて

    曇天 - finalventの日記
    semis
    semis 2007/09/24
  • 取り留めの無い話をつらつらと - 30代からの脱オタク

    (※はじめに 今回の記事は極めて個人的な愚痴が多くなるため、不快に思われたら申し訳ありません。 また、この記事で以って特定個人を貶めるつもりは毛頭ございませんので、予めご了承ください。) きっかけは数週間前の飲み会だった。 彼らとは去年、オレの飲み友達の○○さん(オレは「姐さん」と呼んでいる)のツテで知り合ったんだけど、既に数回飲みを重ねていてそれなりには気心は知れているつもりだった(ちなみに言うと、所謂「オタク」集団ではない)。 そして酒が進んできたとき、その中の一人がぶしつけにこう言ってきた。 「オマエさぁ、ラコステ着てんのに彼女居ないのかよ〜!」 「??」 確かにその時のオレはラコステのポロシャツと古着のジーンズを身に付けていたんだけど、ソレはあくまでオレの中で最も楽な格好をしてきたに過ぎないだけで、何故ラコステが「彼女」に結びつくのか皆目見当が付かずに呆然となってしまった。 「オマ

    semis
    semis 2007/09/10
    思考の感じはかなりわかる気がする。
  • 404 Blog Not Found:書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?

    2007年08月06日01:30 カテゴリ書評/画評/品評SciTech 書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? 献御礼。 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? 前野隆司 この夏、一番怖いノンフィクション。肝試しが好きな方は、是非。 ただし、どう怖いのかは解説が必要かも知れない。なにしろ著者自身もその怖さに気がついていないふしがあるからだ。 書〈脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?〉は、ロボット研究者という工学者である著者が、著者の研究の過程でたどりついた結論、受動意識仮説に関して広い観点から考察、検証した一冊。 それでは、受動意識仮説とは、何か。 我々のほとんどは、何かをする時に、まず「何かをしよう」と意識し、それを行動に移すのだと考えている。これが、能動意識仮説。ところが、最近その逆と考えた方がつじつまがあうという研究成果が多く出されてきた。まず行動があり、意識はその

    404 Blog Not Found:書評 - 脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?
  • Something Orange -  傷口に包帯を。

    少なくとも、今まさに自分は価値の無い人間だ、自分の人生は無意味で辛いものでしかないという自己嫌悪感と戦っている人間には、自分で自分を受け入れろという言葉は、ある種の「切り捨て」でしか無いと思う。とりあえず、kaienさんがどうやって自己嫌悪感から抜け出したか、その経緯を知りたいです。 ――「「不幸」と「幸福」と」 聞きたいですか? ま、べつに話してもいいんだけれど、長くて暗くて退屈な話だよ。それに、まったく、自分でもうんざりするくらいよくある話でもある。 ぼくはふだん、日記では自分語りはしない。だって、仕事で失敗して怒られただの、今日の夕飯はチキンカレーだっただの、そんなことを書いてもおもしろくないだろうから。 ぼくの日記はエンターテインメントである。読んだひとがおもしろいと思わないだろうことを書く気はない。 ただ、まあ、今回は特別に自分のことを書いてみることにしよう。たまにはいいだろうし

    Something Orange -  傷口に包帯を。
    semis
    semis 2007/07/27
  • - heartbreaking.

    Unknown/ウゼえ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ Unknown/なーにがユキマロちゃんだ

    semis
    semis 2007/07/24
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    2024夏休み旅行 神戸・2日目【前編】 zfinchyan.hatenablog.com ↑1日目はこちら 6:50 わたしと夫だけ先に起床 前日に買っておいたお芋のパンで朝ごはん 昨日の疲れからか、なかなか息子たちが起きてこなかったので、ゆっくり寝かせてから10:00にホテルの下にあるプレイゾーンに行って、パターゴルフやバス…

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    2024夏休み旅行 神戸・2日目【前編】 zfinchyan.hatenablog.com ↑1日目はこちら 6:50 わたしと夫だけ先に起床 前日に買っておいたお芋のパンで朝ごはん 昨日の疲れからか、なかなか息子たちが起きてこなかったので、ゆっくり寝かせてから10:00にホテルの下にあるプレイゾーンに行って、パターゴルフやバス…

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  • wHite_caKe - 「傷ついた」、「傷つけたくない」、「傷つかずに生きられる人間はいない」、「傷つけることを恐れるな」等の言葉を聞く度に思い出すのは〜その2〜

    前回が問題編だとすると、今回は解答編ちゅーことになりましょうか。 私なりに彼がなぜ立ち漕ぎするひとを偽善者にカテゴライズするのか追求したら、大体こんなかんじになりました。 彼は自分の足が短いことを気にしており、そのことに苦しんでいる。 だから人前で椅子に座るのが苦痛で仕方ない。座高が高いから座れば一目で短足がばれてしまうというのが、彼の考え。そのくらいならずっと立っていたいと常々思っているし、実際昔はなるべく人前で座らないようにしていた。 「電車の座席」と「自転車のサドル」に腰を下ろすことは、特に彼にとって耐え難い。テーブルなどで隠してごまかすこともできない状態で、公衆の面前に自分の長い胴をさらすことになるから。 だけど彼は同時に、そんなことを気にしている自分を『臆病』で『欺瞞的』であると感じ、そのことにも心底嫌気がさしていた。 だから彼はがんばって、人前で座るようになった。サドルに腰を下

    wHite_caKe - 「傷ついた」、「傷つけたくない」、「傷つかずに生きられる人間はいない」、「傷つけることを恐れるな」等の言葉を聞く度に思い出すのは〜その2〜
  • 嫉妬、というか他人に対してネガティブな感情を抱けない

    嫉妬・妬ましいという感情が分からない。 いや、理屈では知っているのだが、実際に感じたことがない。 おそらく、自分がまだ到達できない位置にいる人や、自分にはないものを持っている人などに対して抱くのだろう。 僕はそのような人と出会った時、素直に尊敬してしまうのだ。そこに自分を置こうという思考回路が謎。他人は他人。 数年前、「彼女」と呼べる人がいた期間があった。 同じ職場だったのだが、周囲には僕らの関係は秘密だった。 ある日、別の職場仲間(♀)と僕が話すのを見るのは嫌だけど我慢してる、と聞かされた時には驚いた。 恋愛感情の無い異性との雑談(しかも話を振るのは相手から)すらダメなのか。これが嫉妬なのかと知った。 フィクションでよくある通りだなとしか思えず、嬉しくもなんともなかった。 しばらくして、彼女が同じ職場の別の男性に告白されたと言ってきた。 僕からは特に何も言うつもりはないと話した。好きにし

    嫉妬、というか他人に対してネガティブな感情を抱けない
  • 神とか幽霊とか魂とか生まれ変わりとか

    そういうのを信じられる人が、ただただ羨ましい。信じたいけど、どうしても信じられない。どうやったら信じられるというのだろう?調べれば調べるほど、それらの存在を否定する材料しか出てこない。というか、それらの存在を肯定する材料自体そもそも皆無。どうしても信じようとしても、心の奥底で「でもいるわけねーし」って思ってしまう。信じられる人というのは、そういう思いは無いのだろうか?いや、そう言う思いが無い人を「信じている人」、というのか。何にせよ羨ましい。神のように、絶対的な物を信じられたら、色々楽そうだ。それに全て委ねちゃえるから。「神の言うとおりにきちんと生きてるから、大丈夫だ」みたく全部不安を神に委ねちゃえるみたいなそういう面は羨ましい。どうしたって根底に「物事全て相対的、何がいつどうコロコロ変わるかわからない」「きちんと生きてようが生きてまいが、災難が起きるときはどうせ起きてしまう」そういう意識

    神とか幽霊とか魂とか生まれ変わりとか
  • Mellow My Mind - 「『あまえる』ということについて」を読んで

    「人はさびしいとおかしくなるネ」「人は自己欺瞞をかかえているとおかしくなるネ」「てゆか人がおかしくなる状況ってほとんどこの2つの複合技だよネ」なんてことを30年以上ぼんやり生きてきてなんとなく理解するに至りまして、さてそれでは自分のおかしいところをどうやってほどいていったらいいんだべ、とか思ったりしてるわけですが、たまたま手に取ったこのの一番最後に載っていた文章を読んでたいへんな衝撃をうけました。日語ということば (Little Selectionsあなたのための小さな物語)作者: 赤木かん子出版社/メーカー: ポプラ社発売日: 2002/05メディア: 単行このシリーズは、赤木かん子さんがテーマに合わせて、古今東西の名文家によって描かれたいろいろな短編を選んでまとめたものです*1。わたしが最も衝撃を受けたのは、「『あまえる』ということについて」という、筆者が幼い頃の思い出を重ねて宮

  • 「傷つく」「傷つける」の意味するもの - 深く考えないで捨てるように書く、また

    「(心が)傷つく」とか「(心を)傷つける」とかいう言い方は、ごく一般的、日常的に使われているけれど、どうもこの言葉が気にかかる。 どうも、「傷つく」とか「傷つける」とかいう言葉は、随分と大仰に感じるのだ。 精神的外傷は解る。だが、普段よく使われる「傷つく」「傷つける」は、そこまで深く大きなものではないだろう。自分の感覚では、この言葉がぴったりくる心的な状況がなかなかない。 大抵の場合、「ショックを受ける」あるいは「へこむ」「落ち込む」「いやな思いをする」など。もうちょっと別の概念もあるだろうが、「傷つく」「傷つける」は、基的に他の多様な表現で置き換えられるような気がする。 自分が「傷つく」「傷つける」を使わないのは、なんだか、自分や他人の心的ステータスをそういう曖昧な表現でごまかしてしまってる気がしてしまうからだ。 たしかに「傷つく」「傷つける」は便利な言葉なんだろうと思う。特に、「傷つ

    「傷つく」「傷つける」の意味するもの - 深く考えないで捨てるように書く、また
  • 通じない感覚、または感覚Aの世界 - finalventの日記

    はてなとかで若い人の日記とか覗き見しているとコミュニケーションというのがなにかと話題になっているようだが、いわく、コミュニケーション力、コミュニケーション術、わかりやすさの技術、なんたら。 で、ま、ベースには若い人なりの、通じないなぁ、とか、さみしいとか、孤独、とかいろいろあるのでしょう。 ただ、なんつうのか、ある種の感覚的世界って、他者に通じないもんなんだよね。で、それがとても自分にとって当たり前なのに、社会にまるきし通じないっていう感覚、ってなんなのでしょうかね。 ヴィトゲンシュタインが、この手のことを考えていて、その感覚をAと名付ける、というような思考実験をしている。「私」の内部ではその感覚と名辞は連結されているが、Aは他者には言葉で聞けても通じない。他者はその感覚を了解できない。 ヴィトゲンシュタインがこの問題をどう解いていたか、あるいはそのままだったかよくわからない。 ワタシ的に

    通じない感覚、または感覚Aの世界 - finalventの日記
  • 断片部 - に断片[nit] -過剰適応者の思考回路、当時、あるいは、

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28

    断片部 - に断片[nit] -過剰適応者の思考回路、当時、あるいは、