心に本尊を信ずるは意業供養なり。口に妙法を唱うるは口業供養なり。身に曼陀羅を礼するは身業供養なり 今回は『妙法曼荼羅供養抄記』からの御指南を拝します。以前も書きましたが勤行唱題は大聖人仏法の根幹であり全ての修行が勤行唱題行に含まれています。その中で三業供養が勤行唱題であるというのが本文の御指南です。功徳を積む、願いを叶えるいう事は2次的なもので三業供養が勤行唱題の根本中の根本なのです。ですから勤行唱題の際にはまずは御本尊に御供養申し上げるという気持ちが大切になります。それもなくただ自分の功徳や願いばかりを要求するような創価学会員達は「乞食信心の乞食信徒」でそんな信心に本当の功徳が積める道理はありません。さて、勤行唱題について『如説修行抄筆記』では日寛上人は「手に珠数を持ちて本尊に向わざれば、身が謗法に同ずるなり」とも御指南されています。私たちは「苦しい」といっては勤行ができず、「楽しい」と