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有名僧侶略伝に関するsokadamedasiのブックマーク (6)

  • 有名僧侶略伝⑦道元 - 創価ダメだしブログ

    曹洞宗の祖・道元は、正治2年(1200)に貴族の頂点である藤原摂関家の子として京都で生まれました。父は内大臣・久我通親、母は藤原基房の娘で松殿または伊子と言われます。3歳で父、8歳で母と死別した道元は13歳の時に比叡山横川の千光房に入り僧になります。14歳の時に天台座主公円を師に受戒・出家しますが比叡山の修行に疑問を感じ翌年に比叡山を下り園城寺(三井寺)を始め諸師を訪ねて教えを受け18歳の時に栄西の弟子の明全に師事して建仁寺に入りました。貞応2年(1223)24歳の時に明全と宋に渡り26歳で天童山・如浄の弟子になり2年後に如浄から曹洞宗の血脈を受けて建仁寺に戻りましたが道元の禅は直ぐには受け入れられませんでした。寛喜2年(1230)32歳の時に安養院に移り翌年に『弁道話』を著しますがこれが『正法眼蔵』の第1巻です。天福元年(1233)に曹洞宗の最初の専門道場・興聖寺を開創しますが禅宗独立の

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    sokadamedasi 2024/08/04
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  • 有名僧侶略伝⑥栄西 - 創価ダメだしブログ

    栄西は保延7年(1141)、吉備国総鎮護の吉備津神社の神職・賀陽(がや)氏の子として生まれ幼名は千寿丸といい14歳で比叡山に出家し栄西の僧名を受け以後、延暦寺、吉備安養寺、伯耆大山寺などで天台宗の教学と密教を学び仁安3年(1168)28歳の時に栄西は初めて中国(南宋)に渡ります。禅宗は唐時代に始まり一時弾圧を受けていましたが宋代には国家仏法にもなっていて広まっていました。しかし最初の入宋の際には栄西は天台の典籍を持ち帰り、比叡山天台座主・明雲に献呈しました。文治元年(1185)に後鳥羽上皇の勅により祈雨の修法を行い【葉上】の号を賜り栄西は【葉上房】とも呼ばれます。文治3年、47歳の時に二度目の入宋。天台山で臨済宗黄龍派の虚庵懐敞(こあんえしょう)に師事してその禅の法統を受けました。禅号を【明庵】といいます。建久2年(1191)51歳の時に栄西は博多に一時帰郷し建久5年に禅の布教を目指し上洛

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    sokadamedasi 2024/07/07
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  • 有名僧侶略伝⑤親鸞 - 創価ダメだしブログ

    浄土真宗の祖師である親鸞は承安3年(1173)、下級貴族の日野有範の子として京都伏見の日野の里に生まれ幼名を松若丸と伝えらています。治承5年(1182)9歳の時に後の天台宗座主・慈円を師として出家し範宴(その後法然門下となり越後流罪後に親鸞と名乗ります)と称しやがて比叡山横川の常行堂の堂僧となります。建仁元年29歳の時に比叡山を下り東山の吉水で専修念仏を説いていた法然の門弟になり元久元年(1204)には『選択願念仏集』の書写と法然の肖像を描くことを許され法然の専修念仏を受け継ぐ直弟子として認められます。元久元年に法然が定めた『七箇条制誡』に連署した109人に弟子の中にも綽空(親鸞)の名前があります。建永2年(1207)35歳の時に法然と弟子7名が流罪になり、法然は四国に親鸞は越後の国府(現在の新潟県上越市)に流されます。この時に僧籍を剝奪され藤井善信という俗名を与えられたのを機に愚禿釈親

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    sokadamedasi 2024/06/05
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  • 有名僧侶略伝③空海(弘法大師) - 創価ダメだしブログ

    空海は774年、四国・讃岐に地方官吏だった佐伯直田公(さえきのあたいたきみ)の子として生まれました。18歳で大学に入りましたがその2~3年後に山林修行に入り私得度僧として出家しましたが出家後の足取りは不明ですが、804年の32歳の時に最澄と同じ遣唐使船団で正式な僧侶として入唐します。空海がいつ正式に受戒得度したかは不明ですが一説には東大寺戒壇院で具足戒を受けたと言われています。入唐に当たって、最澄が還学生だったの対し空海は留学生でした。そこで最澄とは違い唐の都の長安まで足を延ばし青龍寺の密教系第7代祖師の恵果に師事しました。その密教の秘法を学んだ空海は翌805年に恵果から伝法阿闍梨の灌頂を受けます。そして空海は密教を日に広めるために806年に帰国します。809年に太政官の許可を得て帰京した空海は高雄山寺(後の神護寺)に入ります。810年の藤原薬子の変を機に空海は嵯峨天皇の支持を受け一気に

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    sokadamedasi 2024/04/11
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  • 有名僧侶略伝②最澄(伝教大師) - 創価ダメだしブログ

    日蓮大聖人が三国四師と呼ばれた最澄(伝教大師)ですが、創価でも正宗でも語られることは少なく天台と比べるといまひとつ影が薄いイメージで日天台宗の宗祖であり比叡山に大乗仏教の戒壇を建立したくらいしか知らない法華講員さんも多いと思います。最澄は767年(766年説有)に現在の滋賀県大津市に誕生しました。幼名は広野(ひろの)、父は三津首百枝(みつのおびとももえ)母は藤子と伝えられ生家は渡辺系氏族の小豪族とわれています。778年に12歳で近江国分寺に入り2年後に国師・行表を師に得度受戒し最澄と名乗り見習い僧(沙弥)となり、785年・19歳の時に東大寺戒壇で具足戒を受けて正式な官僧(沙門)になります。そして比叡山に一乗止観院と名付けた草案(現在の根中堂)を結び山林修行に入ります。その後、最澄37歳の803年4月に遣唐使船団の第2船乗船し九州に行き、翌年(804年)7月6日に肥後から出航し9月26日

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    sokadamedasi 2024/03/14
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  • 有名僧侶略伝① 鑑真・行基 - 創価ダメだしブログ

    日蓮大聖人仏法の信仰者である私達は大聖人のことは知っているけど他宗の僧侶のことはあまり良く知りませんよね。知らなくても特に困るという事はありませんが、仏教の周辺知識として知っていおいても無駄にならないと思うので何人かの有名な僧侶の略伝を書いていきたいと思います。とはいっても私もそこまで深く他宗の僧侶のことを学んでいないので簡単な記事になりますので予めご了承下さい(笑)では第1回目は大聖人が『神国王御書』で【譬えば、日国の行基菩薩と鑑真和尚との法華経の義を知り給いて弘通なかりしがごとし】と言われている奈良時代を代表する鑑真と行基です。 鑑真・・・鑑真の名前は聞いたことがあるがある人が多いと思いますが唐から具足戒を伝えた律宗の祖です。天平5年(733)に栄叡・普照という二人の僧が遣唐使船で入唐し鑑真に戒師の派遣を要請しますが鑑真は自らが日に渡る決意をし、数度の渡航失敗で失明をしながらも天平

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    sokadamedasi 2024/02/23
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