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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (144)

  • 友だちにならずに - 傘をひらいて、空を

    誰かが怒鳴る。誰かが罵る。テンプレートがあってみんながそれにしたがっているみたいな、画一的な言葉遣いだった。シネ。カエレ。シネ。カエレ。シネ。シネ。シネ。シネ。私は罵倒の対象になっている友だちを見る。友人は眉を上げ、おそらく私のためにきびすを返し、通る道を変更する。私たちは遠回りして駅前をめざす。知らない他人に死ねと罵られること。それは起こりうる。日曜の昼下がりの買いもの帰りの道端で突然に起こりうる。それは違法ではない。徒党を組んで路上で誰かに死ねと言って、デモを見守る警官に捕まることはない。今のところこの世はそんなふうにできている。 ごめんねと私は言う。サヤカが言ったんじゃないし言わせたんじゃないでしょうと友だちはこたえる。私は自分の責任感について少し考え、それから説明する。最近さあ、私って世界をつくってるなーって思うのね、ごくごく一部、あるいは膨大な数の要因のひとつとして。私はもう大人

    友だちにならずに - 傘をひらいて、空を
    sphynx
    sphynx 2014/09/02
  • 同情と投影の作法 - 傘をひらいて、空を

    誰かが何か言う。別の誰かが別の何かを言う。遠くから大勢の声が聞こえる。てんでばらばらに勝手なことを言っている。あれを選ぶとひどい目に遭うよ。これを選ぶと人生失敗するよ。そっちを向いたらみんながきみを軽蔑するよ。無駄なことをしちゃいけない、きみは実はもう完全にだめになっているんだよ。騙されちゃいけない、これさえすれば助かるよ。 彼女は息を吸う。彼女は乾いている。赤茶けて罅割れている。彼女は雨を待つ。気分を変えるもの、気分を変えるもの、と思う。外を走る。シャワーを浴びる。思いついてもらいものの香水をつける。目を閉じて彼女は水のイメージを追う。水は赤茶けた大地に吸いこまれ彼女の中に流れ地脈を形成する。てのひらをあわせる。水を汲む。雨は降る、雨はいつだってちゃんと降ってくる。彼女はそう思う。外野の声は遠ざかっている。そうして彼女は決めるべきことを決める。 というぐあいに、槙野さんからもらった小さい

    同情と投影の作法 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/07/02
  • パーフェクト・ウーマン最後の課題 - 傘をひらいて、空を

    可愛いねえと言うとありがとうと彼女は言った。でもそれ見のまんまなの。見のまんまにできるなんてすごいなあと私は感心してしまう。そもそも保育園の子の持ちもののすべてを手作りして刺繍まで入れるなんてすごいし、子どもを産んでいることもすごいし、仕事の量と質もすごいし、結婚相手と二人でがんがん働いて家まで建てたし、全体に偉業を成している人というかんじがする。いつだって感じのいい服を着て、ものやわらかなようすをしている。この人は私みたいに「めんどくさい」という理由のみで化粧もせず出勤したり、大鍋でカレーを作って三日間べ続けたりしないんだろうと思う。いつのまにかシャツにそのカレーが落ちていることもないと思う。大鍋で両手がふさがっていても足でドアを閉めないんだろうと思う。 でも可愛くないでしょう、見のまんまじゃあ。彼女は珍しく少しばかりバランスの崩れた表情をちらりと見せる。私は刺繍を見る。花柄だ。

    パーフェクト・ウーマン最後の課題 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/07/02
  • 彼らは値札を殺す - 傘をひらいて、空を

    あの子みたいな、なんていうか作ってるの、俺、ダメだな。近くの席から男の声が聞こえた。だいぶ大きい声で、そうでなければ言葉遣いの端々まで聞き取ることはできない程度の距離が空いていた。声は断続的に高まりながらしばらく続いた。可愛らしさを取り繕っている女性について話しつづけているようだった。サメル、ナエル、というような音声が、何度か挟まれた。私と彼女は目を見交わし、彼女の夫は声のするほうをちらりと振りかえって、口の端を上げた。中年になってもこの夫婦の容貌の優れていることに変わりはなく、いけすかなさには拍車がかかったと私は思う。高慢で口さがなく姿勢が良く、いつも磨かれたを履き、生活は意外と地味で規則正しい。 このいけすかない夫がいけすかない若い男といけすかない若い女であったころを私は知っている。そのころの彼らには虚勢の気配があり、緊張感があった。他人をこきおろすからには自らの品質を保たなければ

    彼らは値札を殺す - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/07/02
  • デイジー、デイジー - 傘をひらいて、空を

    目をあけてああ来たなと彼女は思う。そろそろ来そうな気配はあった。ベッドに投げだした手足が遠くにあるような気がする。そこにあるべき筋繊維は半分くらいどこかにいってしまったみたいに感じられる。若かったころ、それはもっと頻繁に来ていた。そうでないときより、それがあるときのほうが長かった。それは今よりもずっと重たく強大で、よく動いた。彼女はほとんどそれに飲みこまれていたけれど、それが自分の人格の基ではないことをなんとなく知っていた。それはいつかどこかで彼女に押しつけられた苦痛の結果として彼女に生じているもので、つきあいも長いしよく知っているけれど、彼女自身ではない。少なくとも彼女のすべてではない。 起き上がるのはけっこうたいへんだ。だってどうして起きなくちゃいけないかよくわからないからだ。放っておけば液状になってベッドにしみこんでそれから床にしみこんでいくのに、と彼女は思う。そのようになるべきだ

    デイジー、デイジー - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/07/02
  • かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を

    それでどうするのと、結果をほとんどわかっていながら訊く。彼女はあははと笑う。少しも悩んでなんかいなくて、どちらかというとちょっと苛ついている、そういう気配のはりついた、笑い。私はそのこだまとしてあんまり意味のない笑いを笑い、その残響が消えるまで、半開きの口で待つ。私はそういうばかな犬みたいな役割がすごくよく似合うし、そのことをけっこう誇りに思っている。重要ではなく、危険ではなく、半ば空洞のような、よくはずむ会話のための少し気の利いた壁みたいなもの。そういう役回りが必要な場面はけっこうあって、誰も自分がやりたいとは思わないんだろうけれど、やっている側の私にしてみればかなりお得で、やたらと人の話が聞ける。私は人の話を聞くのが好きだ。 メールの返信しないんだから悟ってくれないかなあと彼女は言う。今度の人は何がいけなかったのと私は尋ねる。それを受けて彼女は、何度か事をした相手がいかに唐突な意思表

    かぐや姫は帰らない - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/07/02
  • オオカミたち - 傘をひらいて、空を

    待ち合わせに遅れるという連絡を受けてひとりでを読んでいるとごめんねえと言いながらちっとも罪悪感のないようすで彼女はあらわれた。そうとう上等ではてしなく地味なスーツ、匿名的な時計、そのほかのアクセサリはなし。そんなはずはないのにモノクロームの印象を与える色数の少ない化粧をして、そのなかの目が爛々と光っている。戦闘の日ですかと私はたずねる。戦闘の日でしたと彼女はこたえる。たのしかったんだねと私は言う。けっこうダメージくらってるよう、と彼女は笑い、それがたのしいんだなと私は思う。 会社の利益を背負ったタフな交渉のダメージって、どのへんに受けるの、頭、気力、それとも、自尊心とか?尋ねると彼女はお行儀わるく首を反らしてグラスをあける。こういうときの彼女の動作はふだんより粗雑で、目つきは野蛮で、注意深く纏わせたパッケージをばりばり破いちゃったみたいに、純度が高い。椅子の背をめいっぱい使って両腕を肘掛

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    sphynx 2014/05/23
  • 優秀と有能と勤勉のための税金 - 傘をひらいて、空を

    連休はどうだったと尋ねると泣かしたと彼女はこたえた。祝日の午さがりのレストランのテラスで母親と妹を泣かした。それはまた。私は意味のないせりふで時間を稼いで考える。なんでまたそんな派手なことに。彼女は眉を上げる。べつに泣かそうと思ったんじゃない。ひどいことは言ってない。当たり前のことだけ。 派手なことだなあと私は思う。南方ふうにくっきり整った顔だちの姉妹とその母の優雅な昼および修羅場。目の前の彼女はまぶたを伏せ、そうすると目の下に濃い影が生じる。私のとおんなじ睫とはちょっと思われない。きれいで賢くてたいていのことは黙って済ませてあとから簡潔に報告する女のひと。今日みたいに不穏な話をはじめるのは珍しかった。 彼女の妹が上京し彼女と一緒に住みはじめて一年になる。彼女は大学からずっと東京にいる。姉妹は離島の生まれで、妹はいくつかの職業を目指して都市をわたりあるき、去年から東京に来た。妹はこの十年

    優秀と有能と勤勉のための税金 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/05/23
  • ヴァイオレント・ケア - 傘をひらいて、空を

    ごめんなさいねえとおばさんが言う。うちの子がいまだにお世話になって。私は首を横に振る。美味しいものが口のなかにあるので話すことができない。大学生の時分、おばさんの子の家庭教師をして、毎週ごはんをべさせてもらった。その代わりといってはなんだけれども、報酬は格安だった。おばさんとは別のアルバイト先で知り合って、仲介業者が入っていないから、余計に安かった。おばさんの家にお邪魔するのは何年ぶりだろう。何年たっていても、おばさんの前ではどうしてかそれを忘れてしまう。 おばさんは私の前に座っていてくれない。そうだあれがあったとかおかわりはどうとかドレッシングを出していなかったとかお茶を淹れましょうとか、数分ごとに席を立つ。おばさんの夫が生きていたころにはそもそも卓に座らずにずっと世話を焼いていたと、おばさんの息子は吐き捨てた。世話してわしてもらうのが仕事だから、あの人は。 私はおばさんをべさせ

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    sphynx 2014/05/07
  • 王子さまとお姫さまの犯行 - 傘をひらいて、空を

    死体みたいだ。寝ぼけた頭でそう思ってそれから、めがねのせいだ、と気づく。めがねをかけてまっすぐ上を向いて目を閉じているから死体。男の死体。カーテンの隙間から光は漏れていない。まだまだ夜だ。そう思ってまた眠る。隣の死体はもちろんほんとうには死体でなくって、次に目覚めたときにはもういない。今日は彼女だけが休みで彼は仕事だから、そっと出たのだろう。そう思って彼女は、また眠りに落ちる。彼女の眠りはとても深く、長い。人生の半分くらい、ほんとうは眠っていたかった。 おかしいと気づいたのはだから夕方だった。iPhoneからアプリがふたつ消えていた。LINEとskype。緑と空色。Macを立ち上げていろいろのことをして結論を出す。iPhone上のアプリだけが消えている。アプリをもう一度入れてもLINEのテキストのトークと通話履歴は戻すことができない。LINEのパスワードを変更する。三秒思考してiPhone

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    sphynx 2014/05/07
  • インドの道端で車の修理を待っていた話 - 傘をひらいて、空を

    インド行こうよインドと彼が誘うとはかぶと虫を観察するみたいな目で彼を眺めまわし、行かない、とこたえた。半年ほぼ休みなし、お正月休みが二日間だったあなたとちがって、私は半月も休み取れないの。二、三日でもおいでよと彼はなお誘ったけれども、三日の休みでインドに行きたい人間がどこにいる、と尋ねかえされ、いない、と回答した。七つの娘も誘ったけれども、インドより学校に行くと言うのであきらめた。なんという立派な娘だろうか。カレーがあんまり好きじゃないからなんだけれども。 そうして飛行機に乗って、着いてしまうと帰るまでにも子にももうなんにもしてやれない。当たり前だ、海外にいるのだから。休みに入ってから空港に向かうまで家事と子の相手をほとんどすべて彼がおこない、何でもすぐその気になる彼はすっかり家庭的な気分に浸っていて、だからインスタントにセンチメンタルなのかもしれなかった。 変わり身に、彼は慣れていた

    インドの道端で車の修理を待っていた話 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/05/07
  • フィービーはそこにいた - 傘をひらいて、空を

    十代の時分、「サリンジャーが好き」と言うのは、けっこう勇気のいることだった。サリンジャーは若者たちに熱狂的に支持され、少数の作品だけを残して隠遁し、伝説的な人物になっていた。そういう作家を好きだと公言するのはあまりに典型的ではずかしいこと、または少々の覚悟を必要とすることだった。 だから彼女が「なんだ、サリンジャー読むの」と訊いたとき、私はあわてて『ナイン・ストーリーズ』を書棚に戻した。私は小さい大学に通っていて、だから書籍部をうろついているとしばしば知りあいに会ってしまうのだった。 えっと、まあ、うん、嫌いじゃないよ、こないだ『フラニーとゾーイー』を読んでね、それで、わりと好きだなと思って、会話がおもしろいから、私は会話文が好き、というふうに、歯切れの悪い言葉遣いをした。そしてうつむいて、粗雑に掃除された生協書籍部の床をみつめた。書籍部の人たちは床のことをあんまりちゃんと考えていないのか

    フィービーはそこにいた - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/04/20
  • 「優雅な生活が最高の復讐である」 - 傘をひらいて、空を

    久しぶりにおばさんの家に行くことになった。おばさんというのは叔母さんではなくて、伯母さんでもなくて、赤の他人だ。十代の終わり、ファミリーレストランでアルバイトをしていて、それで知りあった。私は皿を運び、彼女は皿を洗っていた。おばさんの家はほとんどお屋敷といっていいような構えで、私は一年のあいだ、週に一度そこでおばさんの子に勉強を教え、おばさんのごはんをべた。おばさん親子の部屋は離れで、女中部屋、とおばさんは呼んでいた。息子は小柄で無口で坊主頭の中学生だった。 おばさんがごちそうをつくってくれたのは私のためで、勤め先のある大阪から来た息子は近くで私と少し話して今日はホテルに泊まるのだという。あの人にはあした寿司わせるんで、と息子は言った。もう小さくはない。全長や体積は男性の平均を下回るのだろうけれども、骨のかたちも顔つきも物言いもすっかり大人だった。話の流れで、おばさん、なんか可愛いから

    「優雅な生活が最高の復讐である」 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/04/15
  • 弱者の服毒 - 傘をひらいて、空を

    泣いてごめんね、と彼女は言った。不愉快にさせてごめんね。自分の声が遠いところから聞こえた。頭蓋の中で反射しているはずの声が遠くから聞こえている気がするのだ。涙は止まり、声は平板になり、視界から立体感がうしなわれて、からだに当たる衣類の布がごわごわと大げさに、有毒な異物であるかのように感じられ、それから、その感触が消えた。ごめんなさい、と彼女は言った。世界が遠ざかった。苦しくなかった。苦しくないのはいいことだと彼女は思った。 自分が彼にひどいことをしたので謝っていたと彼女は思っていたけれども、どうにもからだが動かしにくくなって、産休をとって家に居るのに家事もできないので迷惑だろうと思って実家に戻ったら、とたんに彼が飛んできて謝るのでなんだか驚いた。彼はいつもの彼ではなかった。実家だからきまりごとも少なくて、だからかもしれなかった。彼らの家にはいつのまにかできていた(と彼女には感じられた)ルー

    弱者の服毒 - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/04/01
  • 弱者の毒薬 - 傘をひらいて、空を

    男の人が泣くのを見たのははじめてだったから、少し驚いたけれども、いやではなかった。かわいそうで心が痛んだけれども、自分に心を許して甘えてくれるのは少しうれしかった。落ち着くまで頭を撫でてあげるのが好きだった。そんなにしょっちゅうではなくて、結婚するまで三度ばかりあったことだった。かよわい人なのだと思った。心のやわらかい、やさしい人なのだと思った。実際のところたいていの人は彼をやさしいと言った。彼女はそれがうれしかった。そのようにして彼女は彼のになった。 彼らはともに職を持っていたから、家のことはあらかじめ決めて双方がおこなっていた。彼は時折それをできないことがあった。しかたないのねえと彼女は言った。笑ってそれをしてあげた。ありがとうと彼は言った。そのようなことが何度かあった。一度しなかったことを彼はその後もほとんどしなかった。してくれるかな、と彼女は言った。彼は何も言わなかった。彼女は待

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    sphynx 2014/03/25
  • “ 傷害雲雀、殺人ちゆりっぷ ” - 傘をひらいて、空を

    ご足労いただきましてと目の前の男は言った。彼の訪れた小さな会社の社長だということだった。紙のような、と彼は思った。スーツも皮膚もどこか乾いた、今朝出してきて夜には捨てるもののような感じがした。お時間いただきましてと彼は返した。下げた頭から視線を上げると目が合った。ふだんはわずかに逸らして疲れないようにするのに彼はそれを何秒かまともに見てしまった。 彼は焦点だけをずらして愛想良く話す。どうしてかとっさにそうした。ある専門的なソフトウェアのカスタマイズと導入が彼の仕事だから、顧客や顧客になりうる人間に話をするのはいつものことだった。いつものことでない部分がどこかにあったのだと彼は思った。いま見たもののなかに。 まっしぐらに笑いかけてくる男は五十がらみの中背痩躯、白髪まじりの髪を短く刈りこみ、間延びした顔立ちをしている。おかしなところはない。けれども、機嫌良く受け答えするその表情はほとんど無邪気

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    sphynx 2014/03/18
  • 腫瘍を引きずり出す - 傘をひらいて、空を

    文章は上手くなくて良い。上手いなら幸いだけれども、特別に上手くなくても書きたければ書いていいのだし、書くのはたのしい。それだからみんな作文するといいですよ。そういう主旨でものを書くワークショップがあった。あった、というのは文字通り主催が他の人だからで、私はただその部屋をてくてくと訪れて「下手でも書くのはたのしいです」と言う係だった。ブロガーという名称で呼ばれた、いわばしろうとの代表だ。 その部屋にはだから作文の好きな人たちがいて、主催側の、を書いているような人とその手伝いのスタッフがいた。構えや思いこみを解いてなおかつ自分が読んでおもしろいものを書くためのしかけがほどこされたあとで、場は適度にほぐれ、人々はPCのキーボードをたたいたり、その場で書きあげた文章のプリントアウトと事前に書いてきたものを見比べて感心するなどしていた。 じゃあマキノさん、そこ座っててくださいね、と主催者は言った。

    腫瘍を引きずり出す - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/03/18
  • だいじょうぶオールド・ボーイ - 傘をひらいて、空を

    ごはん行きましょう。なるべく明るい声で私は言う。性根が陰なのを隠して明朗にふるまおうとするとばかっぽくなるなあと思う。職場での私は常時そんなふうだ。他人にはなるべく当たり障りのない印象を持ってもらいたいと思う。みんなそう考えてほがらかな顔をしてほがらかな声を出しているのだと思う。前向きなふるまいは他人に対するサービスだと思う。少なくとも四割くらいはおうちに帰ったら思う存分さみしいことや苦しいことを考えていると思う。 昼に誘った先輩もその四割に該当しそうな人格ではあるけれども、今はもっと露骨だった。職場にあって取り繕うことさえしない。ふだんはする。でもこの一ヶ月くらい、ぜんぜんしていない。あいまいな笑顔のようなものを浮かべてあまり人と目を合わせない。あいさつはしても、そのあとに二言三言雑談することがなくなった。パーティション越しに小さいため息が聞こえる。背がひどくなってなんだかちょっと

    だいじょうぶオールド・ボーイ - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/03/18
  • 空気を壊す - 傘をひらいて、空を

    お酒の席で人に対して大声を出したら罪かなと彼女は訊ねる。犯罪という意味ではきっとない。そう思って私はこたえる。迷惑だね、内容によっては暴力に近い。彼女は小さい声で話す。ねえ、場の空気を壊すのを恐れて無難にそれを見なかったことにするなんて、よくないことだよね、そんな空気、壊せばいい、私、最近そう思うんだ。だって怒鳴るようなやつは、ぜったいに相手を見てる、相手を見て、自分を怖がるにちがいないと思ってやってる、それはまちがいないんだ。そんなのを野放しにしておくほうが、場の空気を損ねることなんかよりよほどのこと問題じゃないか、空気なんか読んで、私はほんとにばかだったよ。私はだまったまま、目だけで彼女の話をうながす。 その男は彼女たちの勤務先の社員のために開かれた比較的大きなパーティの中央ちかい場所にいて機嫌良く話し、誰かの肩を叩いている。すんませんでしたっ!肩を叩かれた若者が大声で言い冗談めかして

    空気を壊す - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2014/01/28
  • 歴史をあけわたす - 傘をひらいて、空を

    そうそう、このあいだフジモリさんからFacebookの申請が来てねえ、びっくりしたよ。私がそう言うと彼女はちょっと眉をあげて首をかしげた。フジモリさん、と私はゆっくり繰りかえし、発音しながら首の後ろのある部分がちりりと痺れたことを自覚する。そこは私にとって、どうしても許せないものごとに反応する感覚器で、怒りや嫌悪の感情が動くより先に、そこがノイズを生むのだった。だから私はその部分を「私の倫理」と呼んでいた。 フジモリさんは彼女の学生時代の恋人で、ふたりはとても仲が良かった。フジモリさんは少しばかり内向的で、伏した目の睫の長い、きれいな顔をして、まだ大人じゃないみたいに見えた。少年と少女、と私は彼らを見ると思った。はたちを超えたのにこの人たちは少年と少女で、そこから出るつもりなんかきっとないんだろう。 けれどもそんなことは誰にもできないので、彼女は少女ではなくなり、彼と別れた。それがどうして

    歴史をあけわたす - 傘をひらいて、空を
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    sphynx 2013/12/23