一九四〇年、ナチスがオランダに侵攻すると、一家は離ればなれに隠れ住むことを余儀なくされる。 ユダヤ人だと誰にも知られてはならない、という言いつけを守り、四人きょうだいの末っ子はあちこちの家を転々とする。「リーネケ」といういかにもオランダ人らしい仮の名をつけられて。その少女の実話に基づく物語である。 十歳のリーネケがある医師一家に匿(かくま)われていた際、父親から受け取った九通の手紙が物語の軸になっている。生物学者だった父親の手紙は、小さな絵本のように糸で綴(と)じられ、絵がたくさん描きこまれたもの。実物が印刷されているが、戦争のさなか、地下抵抗運動を介して届けられたということをつい忘れてしまいそうな愛らしさだ。しかし手紙は読んだらすぐ処分しなくてはならなかった。タイトルは、そんな彼女の事情と心情に沿っている。奇跡的に残った手紙は、身を挺(てい)してユダヤ人を守ろうとした人たちがいた証だ。
■語り継ぐべき稀有の人間記録 上官の命令は、天皇の命令と心得よ、と軍人勅諭は兵に命じた。天皇の命令に従って捕虜を虐殺するか、神の命令に従って虐殺を拒むか。キリスト教を信仰する22歳の新兵が選んだのは、後者だった。 1944年春、中国・河北省の駐屯部隊に派遣された渡部良三は、中国共産党第八路軍の中国人捕虜5人を虐殺するよう、他の新兵とともに命じられた。「度胸をつけさせる」との理由だった。 後ろ手に杭に縛られた捕虜をめがけて、初年兵が突進する。先に剣のついた刺突(しとつ)銃で捕虜の胸を突く……。 1人の捕虜の体に10人ほどの新兵が剣を突き刺した。ボロのようになって足蹴にされ、穴に捨てられる死体。 〈血と人膏(あぶら)まじり合いたる臭いする刺突銃はいま我が手に渡る〉 しかし、渡部はその場を動かなかった。 〈鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ「虐殺こばめ生命を賭けよ」〉 〈「捕虜殺すは天皇の命令(めい
赤紙と徴兵―105歳、最後の兵事係の証言から [著]吉田敏浩 「皇軍の兵士」はいかにつくられたか、その非情なシステムを一兵事係の残した記録をもとに分析した書である。末端の町村でその役割を果たすことを余儀なくされた職員の苦悩、それは戦時下だけでなく、戦後もなお続くのだが、著者はそこに寄り添って記述を進めている。それゆえ本書には、無味乾燥ともいうべき文書の背景に、兵士たちの肉声が幾重にも宿っている。 一体に昭和の軍事主導体制そのものは、狡猾(こうかつ)かつ巧妙にできあがっている。兵事係は召集の赤紙を届けるだけでなく、兵士としての資質、技能についても平時から調べあげているし、召集兵の戦死報告の役も担わされる。赤紙が届いた家には「おめでとう」の声が共同体の挨拶(あいさつ)という時代、「人間」が歪(ひず)むのは当然だ。兵事係は兵役を免れるがゆえに、兵事業務に熱心になるからくりも証言で浮かぶ。 捕虜を
→紀伊國屋書店で購入 「写真から感じるものと、テキストが伝えるものの狭間で、宙づりになる」 サンダルを履いていたり、裸足だったり。洗い立てのワンピースだったり、汚れた穴だらけのシャツだったり。笑っていたり。穏やかだったり、緊張していたり、放心した様子だったり。それぞれの家の庭や近所で撮った母と子のポートレイトである。 親子の写真を見るとき、私たちの視線はふたりの類似性に注がれる。まだ特徴らしきものが浮かび上がっていない生まれたての赤ん坊の顔を見て、母と父のどちら似かと話したり、親戚の会合などで、だれとだれがそっくりかというような話が尽きないのを見てもそれはわかる。似ているかどうかは、だれにとっても心の琴線を揺らすテーマなのだ。 この写真集に載っている30組の親子についても、私たちはどこかに似ている部分を探しながら見ていくはずである。目がそっくりだとか、鼻の形が似ているとか、顔の輪郭が共通し
2008年08月03日05:30 カテゴリ書評/画評/品評Taxpayer シビリアン必読 - 書評 - 戦争における「人殺し」の心理学 戦争の心理学 - レジデント初期研修用資料を見て入手したのだが.... 戦争における 「人殺し」の心理学 Dave Grossman [原著:On Killing] すごい。すごすぎる。スゴ本中のスゴ本。 民と兵が分かれている国における民、すなわちcivilian(シビリアン)=有権者は必読の一冊ではないかこれは。 本書「戦争における「人殺し」の心理学」は、兵士にして心理学者である著者が、戦争、すなわち「誰かのために人を殺す」とはいったいどういうことであり、そしてそれが人の心に何をもたらすのかということを、「鬼手仏心」に書いた一冊。 目次 - 筑摩書房 戦争における「人殺し」の心理学 / デーヴ・グロスマン 著, 安原 和見 著を大幅追補 献辞 謝辞 は
・戦争における「人殺し」の心理学 こんなテーマだが、読む価値がある素晴らしい本である。 著者のデーヴ・グロスマンの経歴。 「 米国陸軍に23年間奉職。陸軍中佐。レンジャー部隊・落下傘部隊資格取得。ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任。98年に退役後、Killology Research Groupを主宰、研究執辞活動に入る。『戦争における「人殺し」の心理学』で、ピューリツァー賞候補にノミネート。 」 この本は米軍学校で教科書として使われている。 人は戦争で敵を前にすると、銃を撃てないし、弾は当たらないという事実にまず驚く。 多くの戦争で銃を使う兵士たちのうち発砲したのは15%〜20%であった。8割の兵士は発砲しないで戦闘を終える。理論的には命中率50%の状況で発砲しても、一人を倒すのに数十〜数百発を要する。8割の発砲しない兵士たちは、決
・「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム 戦闘という極限状態における人間の心理と生理メカニズムを「戦争における「人殺し」の心理学」の著者で元米国陸軍士官学校教授のデーヴ・グロスマンが語る「戦士学」。前作に匹敵する中身の濃さとボリューム。 現実の戦闘はドラマのようにかっこよくはいかないものらしい。たとえば第二次世界大戦時の米兵の四分の一が尿失禁の経験があると認め、八分の一は大失禁したと認めている。激戦を経験した兵士の半分が尿を漏らし、四分の一が大便を漏らしたと認めている。9.11テロにおいても生存者の大半が大小失禁をしていた。 戦闘は人間の心身を追い詰める。兵士の心拍数が175回/分を超える「黒の状態」になると、肉体的精神的に緊急時の身体反応モードに移行する。身体が自動操縦モードになって反射的に撃ってしまうことがある。トンネル視野になって視野が狭くなり、選択的聴覚抑制が起きて銃はポン
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) 作者: こうの史代出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2008/01/12メディア: コミック購入: 23人 クリック: 507回この商品を含むブログ (327件) を見るこの世界の片隅に 中 (アクションコミックス) 作者: こうの史代出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2008/07/11メディア: コミック購入: 20人 クリック: 138回この商品を含むブログ (213件) を見るこの世界の片隅に 下 (アクションコミックス) 作者: こうの史代出版社/メーカー: 双葉社発売日: 2009/04/28メディア: コミック購入: 19人 クリック: 174回この商品を含むブログ (205件) を見るぼちぼち更新していきます。 今日は、あの「夕凪の街 桜の国」のこうの史代先生渾身の傑作「この世界の片隅に」の完結編が発売されましたので、全部
・いつまでも、いつまでもお元気で―特攻隊員たちが遺した最後の言葉 昭和二十年の3月から6月にかけて鹿児島県知覧の基地から特攻隊として沖縄周辺に散ったに若者たちの遺書を、美しい風景写真とともに収録している。ほとんどが二十代ということもあり「御母様、いよいよこれが最後で御座います」という風に、実の母親に別れと感謝を述べるものが多い。 有名人の辞世の句と違って、公開を意図していない個人的な遺書ばかりだ。飾らずまっすぐに心がこもっていて、胸打たれるものが多い。戦争や特攻隊という文脈と切り離して読んだ。人間が文字通り必死で伝えようとしたメッセージの強さを感じた。 一番、印象に残った手紙を引用してみる。 あんまり緑が美しい 今日これから 死にに行く事すら 忘れてしまいそうだ。 真っ青な空 ぽかんと浮かぶ白い雲 六月の知覧は もうセミの声がして 夏を思わせる。 作戦命令を待っている間に 小鳥の声がたのし
幸せな子―アウシュビッツを一人で生き抜いた少年 [著]トーマス・バーゲンソール[掲載]2008年11月30日[評者]松本仁一(ジャーナリスト)■信念とけなげさに幸運が目を止めた 1944年のアウシュビッツ収容所は食べる物さえろくになく、人々はやせ衰え、働けなくなればガス室に送られた。子どもは役に立たないからと、多くが殺された。 その地獄を、10歳で親と引き離されたトミー少年が奇跡的に生きのびる。一体どうやって生き抜いたのか――。 著者のトーマス・バーゲンソールは国際司法裁判所の判事。チェコ生まれの米国人だ。ホロコーストが「歴史化」していく中、その一つ一つの生や死に人間の顔があるのだということを訴えようと、体験を本にした。 生きのびたのは、一言でいえば幸運だったからだ、と著者はいう。 収容所でガス室送りの選別があったとき、親しくなったポーランド人の医師が、リストからトミーの名前をこっそり外し
「カラシニコフ」 「カラシニコフII」 松本仁一著 朝日新聞社 それぞれ2004年7月16日、 2006年5月3日発行 各1,470円(税込み) 日本は、第二次世界大戦終結の直前、米国の手により2発の原子爆弾を投下された。昭和20年8月6日広島、同年8月9日長崎。様々な統計が存在するが、急性放射線障害が一応の収束を見た昭和20年末までに、広島では約14万人、長崎では約7万人が死んだという。その後も放射線障害によるがんや白血病などの被害は延々と続いた。 第二次世界大戦後、米国とソビエト連邦は冷戦に突入し、地球を何度も破壊できるほどの核兵器を備蓄した。両陣営とも核兵器の生産と運用のために莫大(ばくだい)な投資を行った。 1987年、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は、核兵器を実戦で一回も使うことなく冷戦を終結させた。人類絶滅の悪夢を振りまいた核兵器は、広島と長崎以降、
著者: カ−シム・トゥルキ 編訳:高遠菜穂子、細井明美 出版社: 大月書店 参考税込価格: 1,575円 ISBN-10: 427221098X ISBN-13: 978-4272210985 イラク軍兵士として対米戦に参戦した著者カーシムは、バクダット陥落後、日本人ジャーナリストや高遠菜穂子らに出会う。そこで、敵を打倒するという兵士的意識が変化し、武器を捨てて、空爆で破壊された学校の再建プロジェクトを立ち上げた。 ところが、日本人と接触していたことでスパイと疑われ、アルカーイダ系グループに誘拐される。釈放後カーシムは、身辺に起こった日々の記録を日記風にブログに書いて世界に発信し始めた。 この本は、カーシムのブログとメールをもとに、高遠と細井明実が解説的なコラムを挟んで編訳した迫真のドキュメントだ。 米軍戦車が街を行き来し、狙撃兵が民間人を無差別に砲撃する。カーシムの家も米兵に占拠
【大書評】現代の日本人を映す“物語”『東條英機 天皇を守り通した男』福冨健一著(講談社 1680円) 評・川上和久(明治学院大学法学部教授) 戦前、人々は東條に対して親しみを込めて「東條さん」と呼んだ。ところが戦後は、「東條」と呼び捨てである。現在、東條に対する国民のイメージは、A級戦犯、日米開戦の責任者など負のイメージが強いようである。 そこで有事法制の専門家でもある著者は、内外のさまざまな資料から東條の人間像、天皇のご意思に沿うべく開戦を必死に避けようとする様子、暗号と情報戦争、「平和に対する罪」や「人道に対する罪」がどのように生まれたのか、東京裁判で信仰心を深め心静かに死と向き合う東條の姿などを紹介し、日本の近現代史を再現している。 本書は、単なる伝記ではなく、アメリカやイギリスなど国際的視野から臨場感ある物語として再現している点に特徴がある。たとえば、東條の性格についてかつ子夫人は
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