モンテヴェルディが生まれた時代は、フランドル派の音楽理念がヨーロッパ中に相変わらず広く行渡り、厳格な対位法に基づく、パレストリーナ風の合唱様式が主流であった。事実モンテヴェルディの初期の作品はこの様式に沿ったもので、《サクレ・カンティウンクレ》などはその好例である。 一方で、この時代には新しい音楽的な芽吹きとして、フィレンツェのカメラータを中心とした、歌詞の鋭い表現を目指した音楽の試みが現れ始めていた。 モンテヴェルディも徐々にこの新しい流れにのった作品を作り始め、1605年出版の《マドリガーレ集第5巻》などでは、それまでも古い様式から脱却を試みている。 この新しい音楽の思想は、”言葉は音楽之召使ではなく、音楽の主人である”という考えに基づいて、簡素な通奏低音に支えられた朗唱風の旋律が特徴であった。 モンテヴェルディはこの2つの潮流を前者の古い様式を「第一の手法」と呼び、後者の新し
▽ 「ねむりのもりのはなし」長田弘 いまはむかし あるところに あべこべの くにがあったんだ はれたひは どしゃぶりで あめのひは からりとはれていた そらには きのねっこ つちのなかには ほし とおくは とってもちかくって ちかくが とってもとおかった うつくしいものが みにくい みにくいものが うつくしい わらうときには おこるんだ おこるときには わらうんだ みるときには めをつぶる めをあけても なにもみえない あたまは じめんにくっつけて あしで かんがえなくちゃいけない きのない もりでは はねを なくした てんしを てんしをなくした はねが さがしていた はなが さけんでいた ひとは だまっていた ことばに いみがなかった いみには ことばが なかった つよいのは もろい もろいのが つよい ただ
改訂された君が代(第二の君が代:現在の国歌) 1876年(明治9年)、海軍軍楽隊隊長永倉祐庸(すけつね)(後に中村と改姓)は、「君が代」の改訂を上申した。しかし世情安定せず翌年(1877年(明治10年))西南戦争が起こるなど、改訂作業は進展しなかった。この年フェントンは任期満了のためイギリスに帰国した。 翌1878年(明治11年)、海軍軍楽隊は様式をイギリス式からドイツ式に改めることになり、1879年(明治12)年春、ドイツから音楽教師フランツ・エッケルト(前独国海軍軍楽隊長)が来日した。当初2年契約であった彼の任期は結局21年という長期にわたるものとなった。 1880年(明治13年)1月、海軍省から宮内省に対して正式に君が代の作曲が依頼された。同6月、宮内省から海軍省に数種の楽譜が届けられたが、応募作品の数、応募者氏名などは明らかにされていない。そして7月、楽曲改訂委員に任命された
ショスタコーヴィチ/交響曲第10番に仕掛けられた暗号 ショスタコーヴィチ10番目の交響曲は、1953年、独裁者スターリンが死去した年に、ソヴィエト連邦の「雪どけ」の風潮の中で生み落とされた。彼の15曲ある交響曲の中でもその完成度の高さと内容の深さでは一二を争う出来であり、最高傑作のひとつと言っても過言ではない。 とは言え、「形式主義的」と批判された前作第9番から8年ぶりの挑戦であるこの交響曲について、彼自身は「ただ人間の感情や情熱と言ったものを表現したかったのだ」と語るにとどめている。 しかし、この曲、実を言うと、その裏に一筋縄では行かない不思議な仕掛けと暗号が隠されているのだ。ここではその解読を試みてみよう。 ◆リストの「ファウスト交響曲」との類似性 全4楽章50分という大作であるこの交響曲、初演時から「リストの〈ファウスト交響曲〉に似ている」と指摘されてきた。しかし、そこから先
musiquest >> essays オーケストラの楽器の並べ方 stage formation of orchestra - a historical survey 演奏会に出かけて、広いステージを埋めつくすオーケストラの姿を眺めたとき、その楽員達の並び方にまで思いを巡らされたことがおありになるだろうか。今日では、世界中のオーケストラは皆同じ様な楽器の配置を取っており、私達はそれをごく当たりまえのこととして受け止めている。しかし、現在標準とされている楽器配置が用いられるようになったのは、ここ半世紀ほどのことなのである。 オーケストラという語は、もともと古代ギリシャの円形劇場の中央部分、コロス(合唱隊)等の登場人物達が歌い踊る場所「オルケストラ」に由来する。一七世紀の初めにギリシャ劇を模してオペラというジャンルが作られると、まずその伴奏をする演奏者達のいる場所が「オーケストラ」と呼ばれ、
複製メディア時代におけるポピュラー音楽の作品概念 〜クラブ・ミュージックの諸実践を中心に 文学研究科芸術学専攻博士前期課程(音楽学) 増田 聡 大阪大学大学院文学研究科芸術学専攻 平成八年度修士論文 <目次> 0. 序論 1. 「ポピュラー音楽」概念 1、1 「ポピュラー音楽」とは何か 1、2 近代社会とポピュラー音楽の発生 1、3 アドルノのポピュラー音楽批判 1、4 歴史・権力・テクノロジーとポピュラー音楽 1、5 方針:音楽をめぐる諸観念 2. 「音楽作品」概念とその社会-技術的基盤 2、1 「音楽作品」概念 2、2 音楽著作権システム 2、3 レコード・メディアと音楽作品 3. クラブ・ミュージックの作品概念 3、1 テクノロジーと音楽文化 3、2 クラブ・ミュージック
世界の行進曲を愛する「マーチング・アロング」に、ようこそおいでくださいました。CDを中心にマーチの魅力をご紹介致します。どうぞ、ごゆっくりとご覧ください。(管理人:ポチ多摩) 【 ご案内 】 (2008年9月25日更新) ・中国人民解放軍軍楽団の2枚組CD「揚我軍威」を掲載。9/25 New! ・特集「パリ警視庁音楽隊のアナログ名盤を聴く」を掲載。1/24 ・「スーザ・マーチ」に特集「目で“見る”スーザ」を掲載。1/12 ・特集「米国海兵隊軍楽隊の10枚組CD“創設200年記念”」 7/23 <Last updated on September 25, 2008> (ご案内)本サイトのページを表示できるブラウザは、Internet Explorer 4.0以降と、Netscape Navigator 4.0以降になります。 (C) Marching Along All Rig
2004年度から国立音大1年生に課すことになった必聴曲リスト 「当然知っているべき」という曲と 「こういうのも聴いておいてほしい」という曲が混じっています >> 音楽概論A >> HOME 今日の社会では英語が国際共通語としての地位をほぼ確立しています(それが良いことかどうかはともかく、現実問題として)。同じように、音楽の世界では、西洋近代のいわゆるクラシック音楽で使われる用語や概念が、そのままポピュラー音楽でも用いられたり、非西洋の音楽を理解するための補助手段として用いられたりします。クラシックの用語や概念は、音楽における事実上の国際共通語なのです。どんな分野であれ、音楽の専門家を目指そうとするのなら、クラシック音楽についての知識を確実なものにしておくことは有益であり、必要不可欠である、とさえいえます。 「音楽基礎教養」科目として置かれている「西洋音楽史概説」や「音楽概論」は、そう
「桔平」とか「林檎」とか「芭蕉」とか「刃牙」とか「琥珀」とか「萠」とかいう名前は、今まではつけられなかったのですね。 追加される漢字全578文字はこちら(pdfファイル)。漢字の意味による価値判断がまったくなくてニュートラルなところがクール。常用漢字にも「殺」とか「死」とか入っていて今でも自由に使えるんだから、「糞」とか「呪」とか入ってても別にいいと思うのだけど。でも、どう使えばいいのか戸惑うような字も多いですね。「娃」とか「祢」とか「昊」とか、意味も読みもよくわからないような字まで入っている。単に増やすだけでは、やたら難しい字ばかり使った暴走族風の名前が増えるばかりの予感。これじゃ、書きにくく読みにくい名前をつけられる子どもの方がかわいそう。まあ、あくまで見直し案にすぎないので、これから不用な字が減らされていくのだろうけれど。 あまり関係ないが、近所に「○○苦味子」という表札が出てい
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