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宮内庁に関するYauchiのブックマーク (4)

  • 文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) - 宮内庁

    問1 殿下にお伺いします。殿下は来年5月の代替わりに伴い,皇位継承順位第1位の皇嗣となられます。新たなお立場への抱負をお聞かせ下さい。公務の在り方や分担について新天皇となられる皇太子さまとどのような話し合いをされ,殿下がどのようにお考えになられているのか,あわせてお聞かせください。 最初の抱負ということについてですけれども,私は今まであまり抱負ということは,語ることは,口に出して言うことはありません。ただ,何かの節目というよりも,折々にその抱負のようなものを考えることというのはあります。これは,抱負になるのかどうかは分かりませんけれども,これからも様々な公的な仕事をする機会があります。時として,例えば毎年のように行われているものなどについては,どうしても,前年度とか,その前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。これは私自身もそうなんですけれども,やはり,それら一つ一つを,その都度その

    Yauchi
    Yauchi 2018/11/30
    11/30「毎年のように行われているもの(...)は,どうしても(...)前の機会と同じようにすればいいと思いがちです(...)けれども,(...)それら一つ一つを,その都度その都度考えながら(...)進めていくようにしたい」ここに震える。
  • 平成二十九年歌会始御製御歌及び詠進歌(pdf)

    平 成 二 十 九 年 歌 会 始 御 製 御 歌 及 び 詠 進 歌 野 御 製 邯 鄲 の 鳴 く 音 聞 か む と 那 須 の 野 に 集 ひ し 夜 を な つ か し み 思 ふ か ん た ん ね つ ど よ る 皇 后 陛 下 御 歌 土 筆 摘 み 野 蒜 を 引 き て さ な が ら に 野 に あ る ご と く こ こ に 住 み 来 し つ く し の び る こ 皇 太 子 殿 下 岩 か げ に し た た り 落 つ る 山 の 水 大 河 と な り て 野 を 流 れ ゆ く 皇 太 子 妃 殿 下 那 須 の 野 を 親 子 三 人 で 歩 み つ つ 吾 子 に 教 ふ る 秋 の 花 の 名 み た り あ こ を し 文 仁 親 王 殿 下 山 腹 の 野 に 放 た れ し 野 鶏 ら は 新 た な 暮 ら し を 求 め 飛 び 行 く

    Yauchi
    Yauchi 2017/01/13
    01/13「山腹の野に放たれし野鶏らは新たな暮らしを求め飛び行く」皇后さまが、今年も微妙な解釈(という名の深読み)の余地を残す歌を作られたなあ、とか思って見ていたら、秋篠宮殿下の方がエッジがきいていた。
  • 平成二十八年歌会始御製御歌及び詠進歌

    平 成 二 十 八 年 歌 会 始 御 製 御 歌 及 び 詠 進 歌 人 御 製 戦 ひ に あ ま た の 人 の 失 せ し と ふ 島 緑 に て 海 に 横 た ふ 皇 后 陛 下 御 歌 夕 茜 に 入 り ゆ く 一 機 若 き 日 の 吾 が ご と く 行 く 旅 人 や あ る ゆ ふ あ か ね あ 皇 太 子 殿 下 ス ペ イ ン の 小 さ き 町 に 響 き た る 人 々 の 唱 ふ 復 興 の 歌 皇 太 子 妃 殿 下 ふ る さ と の 復 興 願 ひ て 語 り あ ふ 若 人 た ち の ま な ざ し は 澄 む 文 仁 親 王 殿 下 日 系 の 人 ら と 語 り 感 じ た り 外 つ 国 に 見 る 郷 里 の 心 文 仁 親 王 妃 紀 子 殿 下 海 わ た り こ の ブ ラ ジ ル に 住 み し 人 の 詩 歌 に 託 す 思

    Yauchi
    Yauchi 2016/01/15
    01/14「夕茜に入りゆく一機若き日の吾がごとく行く旅人やある」皇后さまの歌は、「皇室ダイアリー」的な描写だけでなく普遍的な感情を描くものが多いので、古来の和歌を思わせて好き。
  • 皇后陛下お誕生日に際し(平成26年) - 宮内庁

    問1 このたび傘寿を迎えられたご感想とともに,これまでの80年の歳月を振り返られてのお気持ちをお聞かせください。 ものごころ付いてから,戦況が悪化する10歳頃までは,毎日をただただ日向で遊んでいたような記憶のみ強く,とりわけ兄や年上のいとこ達のあとについて行った夏の海辺のことや,その人達が雑木林で夢中になっていた昆虫採集を倦きることなく眺めていたことなど,よく思い出します。また一人でいた時も,ぼんやりと見ていた庭の棕梠(しゆろ)の木から急にとび立った玉虫の鮮やかな色に驚いたり,ある日洗濯場に迷い込んできたオオミズアオの美しさに息をのんだことなど,その頃私に強い印象を残したものは,何かしら自然界の生き物につながるものが多かったように思います。 その後に来た疎開先での日々は,それまでの閑(のど)かな暮らしからは想像も出来なかったものでしたが,この時期,都会から急に移って来た子どもたちを受け入れ

    皇后陛下お誕生日に際し(平成26年) - 宮内庁
    Yauchi
    Yauchi 2014/10/20
    10/20「従ってその時の感情は,戦犯個人個人への憎しみ等であろう筈はなく,恐らくは国と国民という,個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する,身の震うような怖れであったのだと思います」
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