大相撲の立行司、22代木村庄之助は「差し違えのない名手」として知られた。土俵を裁いたのは昭和30年代前半、「栃若」両横綱の盛時と重なる。白黒のつく一瞬前に軍配を上げる芸当は、目の肥えた好角家にとって眼福の一つだったといわれる。 ▼「勝負が決まった後で軍配を上げるのでは、お客さんと変わらない」。門弟たちにそう説いた。行司の脇差しは万一の差し違えに際し、詰め腹を切る覚悟の象徴という。「一瞬前」の裁きに、結びの一番を預かる名人の気骨を見る。 ▼軍配を待たず、出処に折り目をつけられなかったか。新国立競技場問題の責めを負う下村博文文部科学相と日本スポーツ振興センターの河野一郎理事長が、任期を全うしそうである。責任を問う第三者委員会の報告を受け、2人は給与の一部を返納するが、事の大きさに比べ「引責」の値段が安い。 ▼多額の公費がむだに消え、東京五輪はいわれなき汚名を着せられている。各界の重鎮も名を連ね