満開の桜を眺めながら、つくづく歌心のないのが恨めしい。今年も各地の花の名所で、新しい歌が生まれているはずだ。〈夕闇の桜花の記憶と重なりてはじめて聴きし日の君が血のおと〉。2年前の夏、64歳で世を去った歌人の河野(かわの)裕子さんが、女子大生時代に作った。 ▼後につづったエッセーによると、どこの桜の花を詠んだのか、記憶は定かではない。「この歌はいい。君が今までに作った歌の中で一番いい」。そう、ほめてくれた恋人についての記憶は、はっきりしている。 ▼夫となった永田和宏さんは、歌人であり細胞生物学者でもある。その永田さんと俵万智さんらが選者を務める「~家族を歌う~河野裕子短歌賞」が、小紙と河野さんの母校、京都女子大学によって創設された。年齢を問わず広く作品を募集している。 ▼ただこの賞の特徴は、中高生を対象にウェブサイトで受け付ける、「青春の歌」部門だろう。河野さんは大学卒業後、しばらく滋賀県の