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天草四郎時貞 | ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ
時代劇と議論映画を不器用に合体させ、暗い画面の多用で登場人物が粒だたないどころか見分けさえつかな... 時代劇と議論映画を不器用に合体させ、暗い画面の多用で登場人物が粒だたないどころか見分けさえつかないと酷評された、大島渚(創造社)の唯一の東映作品にして興行的な大失敗作とされる『天草四郎時貞』(62)を初めて観る。60年安保以後の民衆的政治運動の逼塞を、島原の乱に仮託して綴るアレゴリカルな立脚だから逼塞も当然といえそうだが、同じテーマで加藤泰は同様の逼塞を爽快かつサブカル的に撮った『真田風雲録』(原作は福田善之の戯曲、佐藤慶も出演している)の演出に成功していて、その意味では『天草四郎時貞』の逼塞は手法選択の問題によるところが大きい。『真田風雲録』にあきらかなように、東映と革命暗喩が完全に背反するということでもないのだ。 冒頭、作品背景を綴る字幕が映されたあと、農家の一室に都合20人程度が蝟集して、過酷な年貢米の取り立てがもう限界、それにキリシタン禁制が加わっては蜂起しかないと会議する場面が映
2013/02/05 リンク