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代表作「赤い椿白い椿と落ちにけり」だけではない 伝説の俳人の全容を明らかに | 文春オンライン
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代表作「赤い椿白い椿と落ちにけり」だけではない 伝説の俳人の全容を明らかに | 文春オンライン
『河東碧梧桐』(石川九楊 著) 河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)と聞いてただちに思い出すのは、「... 『河東碧梧桐』(石川九楊 著) 河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)と聞いてただちに思い出すのは、「自由律」の俳人だということ、そして代表作と言うべき「赤い椿白い椿と落ちにけり」の一句。今日の世人の文学的常識としてはせいぜいそんな程度か。「赤い椿……」が名句であることはすぐにわかる。これは上五が六音の字余りになっているだけの定型句とも言えるが、「赤い椿白い椿と」という散文的な畳みかけには、因習的な定型音律をはみ出した清新なしらべがあり、また詠まれた光景も視覚的に鮮烈で美しい。 だが、初期から最後期まで、俳人碧梧桐の作品の全体を見渡してみると、そこには、ほんのちょっぴり規矩からはみ出しただけのこんなおとなしい一句をはるかに超える、過激な実験性が溢れていたことがわかる。その全容を明らかにし、異才が敢行した文学的冒険の意味と価値を改めて顕彰した野心的な労作が本書だ。 「写生」概念を梃子として近代俳

