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「西から太陽が昇った」太平洋に降った死の灰 歯ぐきの出血に脱毛…日本人が核の恐怖を最も感じた日 | 文春オンライン
全ての核兵器を違法とする核兵器禁止条約が今年1月に発効。核廃絶に一歩踏み出したとされる一方、アメリ... 全ての核兵器を違法とする核兵器禁止条約が今年1月に発効。核廃絶に一歩踏み出したとされる一方、アメリカの「核の傘」の下にあることを理由に、日本政府が署名を拒否していることに被爆者らからは強い批判が出ている。 広島、長崎と2度被爆した日本だが、それから76年、どれだけの日本人が核兵器の恐ろしさを感じているだろうか。いまから67年前の1954年の春、静岡県のカツオ・マグロ漁船が南太平洋ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験に伴う“死の灰”を浴び、被爆した乗組員の1人が死亡。放射能に汚染された“原爆マグロ”や“原爆雨”などによる健康被害に多くの国民がパニックに陥った。当時は広島、長崎の惨害が十分には知られておらず、この事件の時期は、日本人が最も核の恐怖を身近に感じた時だったといえる。 船名は正式には船体にも書かれている通り「第五福龍丸」で、その表記の資料や報道も多いが、当事者や団体も「第五福竜丸」と表記



2021/03/03 リンク