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「中止せざるを得ないかも知れぬ」「この作戦は失敗だった」と会話を交わすも…日本軍が“インパール作戦”を推し進める一因になった“軍人のプライド”とは | 77年、運命の夏 | 文春オンライン
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「中止せざるを得ないかも知れぬ」「この作戦は失敗だった」と会話を交わすも…日本軍が“インパール作戦”を推し進める一因になった“軍人のプライド”とは | 77年、運命の夏 | 文春オンライン
日本軍の戦術の特色 日本軍は「鵯越え(編集部注:鵯越え戦法とは、地形上の障害を利用して防御する敵に... 日本軍の戦術の特色 日本軍は「鵯越え(編集部注:鵯越え戦法とは、地形上の障害を利用して防御する敵に対し、敢えて地形の障害を含む予期しない方向より意表に出て奇襲する戦い方。メリットは、少ない兵力でも大きな成果を期待できること。デメリットは、機動障害の克服に困難を伴う場合が多く、一歩間違えると損耗が大きくなること)」という古来の戦法を主眼としていた。 従って様々な困難を克服し、アラカン山系を深く突進、連合軍の意表に出て敵に対応の暇をとらせなければ、勝ち目を見出すことは十分に可能と日本軍は考えていた。 対する英印軍は日本軍との接近戦を極力避けた。反攻開始後、航空機の掩護の下、中距離砲を主体とした約1万メートル離隔しての砲迫戦を行った。また砲迫火力に支援された優勢な戦車と歩兵部隊を展開させ、逐次に日本軍の陣地線を後退させていくのだった。ちなみに英印軍は一個中隊に対し、連日、3000発を超える射撃を

