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月と斬首から逃れて ――遠藤麻衣子『TECHNOLOGY』論
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月と斬首から逃れて ――遠藤麻衣子『TECHNOLOGY』論
『TECHNOLOGY』のスチール写真に、女の顔が水の上に浮かんだ、幻想的な一枚がある――まるで「斬首」の光... 『TECHNOLOGY』のスチール写真に、女の顔が水の上に浮かんだ、幻想的な一枚がある――まるで「斬首」の光景のような【図1】。このニンフのごとき女がたゆたう水のほとりで、若い男がギターを爪弾き、歌っている。このアダムとイヴの時代のようなユートピア的な楽園の風景に、思わずナルシス神話やオルフェウス神話の残響を聴いてしまう。数々の神話的モチーフに彩られたと思しい『TECHNOLOGY』であるが、遠藤麻衣子へのインタヴューで、その着想源にギュスターヴ・モローの絵画があったことには驚かされた〔1〕。それもユイスマンス『さかしま』の豪華絢爛な、世紀末唯美主義の感性がほとばしる細密描写を通じてのモローである。その第5章で言及されるモローの絵画はサロメにまつわる二幅の絵画のみであるが、この章の描写に遠藤がインスパイアされたのであれば、とりわけ「幻」と題された絵画【図2】にまつわる以下の箇所が大きな意味

