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「ちゃんこの味で言い合いに」「おかみさんを突き飛ばして失踪」優勝せずに横綱昇進、24歳で廃業…“消えた天才”北尾光司の知られざる実像(荒井太郎)
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「ちゃんこの味で言い合いに」「おかみさんを突き飛ばして失踪」優勝せずに横綱昇進、24歳で廃業…“消えた天才”北尾光司の知られざる実像(荒井太郎)
22歳11カ月での横綱昇進――天賦の才に恵まれ、将来を嘱望された双羽黒こと北尾光司は、なぜ優勝未経験の... 22歳11カ月での横綱昇進――天賦の才に恵まれ、将来を嘱望された双羽黒こと北尾光司は、なぜ優勝未経験のまま角界を去ることになったのか。付け人の集団脱走、ちゃんこの味をめぐっての言い合い、そして失踪……。トラブルメーカーと伝えられた“消えた天才横綱”の知られざる素顔に迫った。(全2回の1回目/後編へ) 入門当初から「末は大関、横綱間違いなし」 この男が力士人生を最後まで余すことなく全うしていたら、昭和末期から平成にかけての相撲史も大きく変わっていたことだろう。おそらく千代の富士の優勝回数も激減し、のちに横綱となる“若貴兄弟”や曙らの出世も遅れていたかもしれない。横綱・双羽黒の志半ばにしての“廃業”はつくづく惜しまれる。 三重県津市出身の双羽黒こと北尾光司は、地元の小中学校を卒業後の1979年(昭和54年)春場所、立浪部屋から本名で初土俵を踏んだ。15歳ですでに身長195センチ、体重110キロ

