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なぜオウムも創価学会も"富士山"に集結したか 日本一の山の麓は「宗教都市」だった
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なぜオウムも創価学会も"富士山"に集結したか 日本一の山の麓は「宗教都市」だった
富士山に登頂すれば罪やケガレが祓われる 日本で代表的な宗教都市といえば、天理教の本部がある奈良県天... 富士山に登頂すれば罪やケガレが祓われる 日本で代表的な宗教都市といえば、天理教の本部がある奈良県天理市や、金光教の本部がある岡山県浅口市(旧・金光町)などがすぐに思い浮かぶだろう。JR桜井線の天理駅には、ふだん使われない信徒の団体専用ホームまである(JR山陽本線の金光駅にも団体専用ホームがあったが、現在は撤去されている)。 これらはいずれも、明治以降に西日本で発展した新興宗教にほかならない。江戸時代にまでさかのぼれば、より多くの庶民が集まる宗教都市が東日本にあった。富士山麓の上吉田、現在の山梨県富士吉田市である。 古来、富士山は霊峰として信仰の対象になってきたが、江戸時代になると富士講と呼ばれる民間信仰が盛んになり、江戸末期には「江戸八百八町に八百八講」と言われるほど庶民の間に広がった。上吉田の町には自宅を宿泊所として提供し、富士信仰を広める役割を果たす御師の家々が並ぶようになった。ここに

