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偉大な母の異常な愛情が、鎌倉殿を殺し合いの場所に変えた…北条政子が「日本一の悪女」と呼ばれる理由 政子の愛憎が引き起こした"源家三代の悲劇"
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偉大な母の異常な愛情が、鎌倉殿を殺し合いの場所に変えた…北条政子が「日本一の悪女」と呼ばれる理由 政子の愛憎が引き起こした"源家三代の悲劇"
自然児の坂東女と戦争犯罪人のカップル やきもちは女性の最大の悪徳だといった男性がいる。とすれば、こ... 自然児の坂東女と戦争犯罪人のカップル やきもちは女性の最大の悪徳だといった男性がいる。とすれば、ここにご紹介する北条政子は、日本一ともいうべき壮大なやきもちによって、日本の悪女ナンバーワンということになるわけである。 政子は、いわずと知れた鎌倉幕府の創立者、源頼朝夫人である。いわば鎌倉時代のトップレディーのひとりだが、彼女の生まれたのは十二世紀の半ば、父時政は伊豆半島の小土豪にすぎず、おそらく彼女も、土のにおいのする自然児の坂東ばんどう女として生いそだったにちがいない。そして一方、そのころの頼朝といえば、一介の流人――源平の合戦に敗れた戦争犯罪人のひとりでしかなかった。 この二人の結びつきを頼朝が北条氏を利用しようとしたのだとか、いや北条氏が頼朝をかついで天下をねらったのだとか言うのは、後の結果から見てのことであって、二人の結婚したのはまだ平家全盛時代で、風向きの変りそうな気配の全くないこ

