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NHK大河ドラマでは完全にスルーされたが…今川家の武将・徳川家康が織田家に寝返った本当の理由 「桶狭間の戦い」で惨敗したからではない
今川家の武将だった徳川家康(当時は松平元康)は、なぜ仇敵の織田信長と同盟を結んだのか。歴史家の安... 今川家の武将だった徳川家康(当時は松平元康)は、なぜ仇敵の織田信長と同盟を結んだのか。歴史家の安藤優一郎さんは「大河ドラマでは信長を怖れ、今川家を裏切ったように描かれているが、それは違う。桶狭間合戦の後も今川家は健在で、裏切るメリットはなかった」という――。 今川勢として参加した桶狭間の戦い 家康がまだ松平元康と名乗っていた時代、後に強固な同盟関係を取り結ぶことになる織田信長はまさしく敵だった。家康が信長と交戦状態にあった今川義元に従属していたからだ。 ところが、永禄三年(一五六〇)五月の桶狭間の戦いで信長が義元を討ち果たしたことを契機に、今川氏を見限ることになる。今川氏と断交し、戦国大名として自立する道を選んだ。 そのためには、仇敵たる信長と手を結ぶことさえ辞さなかった。そして、両者の同盟関係は信長の死まで続いた。 姉川の戦いの時のように、信長からの要請に応えて援軍を率いて戦場に駆け付け






2023/01/26 リンク