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14. 国債の消化機関化する日本銀行ーいつかきた道 of 山田博文のNetizen越風山房
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14. 国債の消化機関化する日本銀行ーいつかきた道 of 山田博文のNetizen越風山房
はじめに 歴史の伝えるところでは、中央銀行(日本銀行)が時の政治に従属し、行政の道具に利用されると... はじめに 歴史の伝えるところでは、中央銀行(日本銀行)が時の政治に従属し、行政の道具に利用されるとき、その国の社会と国民生活は、甚大な被害を受けてきた。 現代日本にあって、そのような歴史の惨禍が、再び三度繰り返されつつあるような時代の足音を感じるのは、筆者だけであろうか。 というのも、日本銀行は、いま事実上の国債引受・消化機関化し、国庫に財政資金を供給する「打出の小槌」のような役割を担っているからである。戦前と違う のは、国債を直接引き受けていないこと、提供される財政資金が軍事費となって戦争遂行のための資金として使用されていないこと、である。 だが、そのやり方において、戦前のように政府から「直接的」に国債を引き受けていないだけで、民間銀行を仲介した「間接的」な国債引受・消化機関となっており、実質的に、日本銀行から財政資金の一部が供給されている、といえるからである。 その結果、現代日本は、自