いまも新刊で買えるのかどうか分らないが、田中慶太郎編譯『支那文を讀む爲の漢字典』(研文出版1962,以下『漢字典』)という辞書がある。これはもともと1940年に田中慶太郎の文求堂から刊行されたもので、1962年の四版から版元が「(山本書店出版部)研文出版」に変っている。その際には長澤規矩也の「重印の序」も附された。手許にあるのは1994年の十版で、高校生の時分に新刊書店で購ったのだった。 この書物の実質的な翻訳者が松枝茂夫であるということについては、かつて安藤彦太郎が、次のように書いていた。 中国の古典を中国のものとして読むための手ごろな字典の刊行を企画した田中慶太郎という人物は、具眼の士といえるであろう。田中氏については、『急就篇』の発売元である文求堂の主人として、すでに紹介した。竹内好さんも「田中慶太郎氏のこと」という文章(『中国を知るために』第一集、一九六七年)を書いて、その識見を称