タグ

ブックマーク / higonosuke.hatenablog.com (200)

  • 「魔」字の話 - 黌門客

    いまも新刊で買えるのかどうか分らないが、田中慶太郎編譯『支那文を讀む爲の漢字典』(研文出版1962,以下『漢字典』)という辞書がある。これはもともと1940年に田中慶太郎の文求堂から刊行されたもので、1962年の四版から版元が「(山書店出版部)研文出版」に変っている。その際には長澤規矩也の「重印の序」も附された。手許にあるのは1994年の十版で、高校生の時分に新刊書店で購ったのだった。 この書物の実質的な翻訳者が松枝茂夫であるということについては、かつて安藤彦太郎が、次のように書いていた。 中国の古典を中国のものとして読むための手ごろな字典の刊行を企画した田中慶太郎という人物は、具眼の士といえるであろう。田中氏については、『急就篇』の発売元である文求堂の主人として、すでに紹介した。竹内好さんも「田中慶太郎氏のこと」という文章(『中国を知るために』第一集、一九六七年)を書いて、その識見を称

    「魔」字の話 - 黌門客
  • 近松秋江「黒髪」への誘い - 黌門客

    近松秋江『黑髮 他二篇』(岩波文庫1952*1)は、「黑髮」「狂亂」「霜凍る宵」の三篇を収めている。秋江の作品に初めて触れたのはこの文庫によってであったが――正確にはそれ以前、コラム集『文壇無駄話』(河出文庫1955)を「つまみ読み」したことがある――、内容というよりも、まずはその表記の面白さに惹かれて読んだのであった。 表記の面白さというのは、たとえば「一寸遁れに逃れて居りたい」(「狂亂」p.50)、「捕まりさうで、さて容易に促まらない」(同p.67)、「慨いても歎いても足りないで」(「霜凍る宵」p.151)、「幾度もいくたびも」(同p.154)、「可愛かはい人どつせ」(同p.165)という、異字同訓等を利用した云わば換字的な表記例、「悒うつとう)しくつて」「陶しい五月雨」(いずれも「狂亂」p.61)、「眞實(ま)に受けて」(「霜凍る宵」p.116)「母親の言つた詐りごとを眞に受け

    近松秋江「黒髪」への誘い - 黌門客
  • 「鮭」字をめぐるはなし - 黌門客

    柏木如亭(1763-1819)による「新潟」詩は、如亭の代表作のひとつと看做される七律で、揖斐高訳注『柏木如亭詩集1』(平凡社東洋文庫2017)が採る(pp.143-46)のはもちろんのこと、揖斐高編訳『江戸漢詩選(下)』(岩波文庫2021)にも採録せられているし(pp.93-96)、たとえば富士川英郎『江戸後期の詩人たち』(筑摩叢書1973)も、「いかにも如亭らしい才気の横溢した颯爽たる詩」(p.83)として紹介している。 この「新潟」詩は、如亭の歿後に遺稿として刊行された味随筆『詩草』の「鮭」(原にかかる標題はないと云う)にも引いてある。揖斐高校注『詩草』(岩波文庫2006)に基いてその「鮭」全文を示せば、すなわち次の如くである。 [足+及]結(サケ)于越後新潟者最佳。新潟一馬頭地亦称繁華。余詩有云。八千八水帰新潟。七十二橋成六街。海口波平容湊舶。路頭沙軟受游鞋。花顔柳態令人艶

    「鮭」字をめぐるはなし - 黌門客
  • 橋川文三「昭和超国家主義の諸相」 - 黌門客

    ことし生誕百年を迎えた橋川文三(1922-83)の著作を、このところじっくり読む、あるいは読み返すなどしている。ちなみにいうと、「文三」の読みは両様あるようだが、「ぶんぞう」ではなく「ぶんそう」が来ではないかと思われる。この五月に講談社と丸善ジュンク堂との合同企画で復刊された、橋川の『柳田国男―その人間と思想―』(講談社学術文庫)の奥付の著者名の読みが「ぶんぞう」だったので、念のために記しておく。なおこの文庫は、橋川の生前(1977年)に刊行されているが、その初刷りでも「ぶんぞう」となっていた(復刊に際して新たに組み替えられているが、そのままだった)。 わたしが橋川の著作を読みはじめたのは古い話ではなくて、中島岳志編『橋川文三セレクション』(岩波現代文庫2011)がそのきっかけだった。今もおもい出すが、ひどく寒い日の夕刻のことで、或る人がやって来るのを待つ間、京都・四条河原町のブックファ

    橋川文三「昭和超国家主義の諸相」 - 黌門客
  • 『小出楢重随筆集』のことなど - 黌門客

    かつてわたしは、植村達男『のある風景』(勁草出版サービスセンター1978)を2冊持っていた。その後――といってももう十五年ほど前の話になるが――、初刷の方は知人に差し上げた。いま手許にあるのは1982年刊の第2刷で、ビニールカバーの下に抹茶色の帯が巻かれている。たしか天神橋筋の天牛書店で購った。初刷はどこかの古書市で入手したもので、そちらは帯が橙色だったと記憶する。 110ページ強のごく薄いではあるが、この「」は、まさに滋味掬すべき随筆集だ。一篇一篇がほどよい短さなのもよい。巻頭には栗栖継「エスペラントの仲間のために」、野呂邦暢「『のある風景』に寄せて」という二つの序文が収められ、野呂が寄せた序文の一節は、帯文にも引用されている*1。 同書で、特に何度も言及されるのが小出楢重だ。前半部の「『枯木のある風景』」「待つ話」「小出楢重の随筆」、野呂が序文で「とりわけ味わいが深い」(p

    『小出楢重随筆集』のことなど - 黌門客
  • 『文天祥』『劉裕』文庫化のこと - 黌門客

    かつて人物往来社から刊行されていた宮崎市定監修「中国人物叢書」(第一期、全十二巻)の著者名およびタイトルは、それぞれ下記のとおりである(第一回配は④の宮崎著)。 ①永田英正『項羽』/②狩野直禎『諸葛孔明』/③吉川忠夫『劉裕』/④宮崎市定『隋の煬帝』/⑤藤善眞澄『安禄山』/⑥礪波護『馮道』/⑦梅原郁『文天祥』/⑧勝藤猛『忽必烈汗』/⑨谷口規矩雄『朱元璋』/⑩寺田隆信『永楽帝』/⑪堀川哲男『林則徐』/⑫近藤秀樹『曾国藩』 偶然なのか、タイミングを合せたのかどうかは定かでないが、このうちの二冊――③吉川忠夫『劉裕』と⑦梅原郁『文天祥』とが、この5月に文庫化された。 吉川著(1966年5月刊)は再文庫化で、かつて(1989年8月)中公文庫に入ったことがあるが、長らく品切れとなっており、今回は法蔵館文庫に収まった。一方、梅原著(1966年6月刊)は初の文庫化で、ちくま学芸文庫に入った。わたしは、両

    『文天祥』『劉裕』文庫化のこと - 黌門客
  • 復刊された『女と刀』のことなど - 黌門客

    四年前に「『女と刀』のことから」というエントリで、中村きい子の『女と刀』を復刊してくれないものか、と書いたことがあるけれど、それが三月にちくま文庫に入ったので、驚き、かつ嬉しく思ったことだった。 ところでこの四年のあいだに、必要あって田宮虎彦「霧の中」(『落城・霧の中 他四篇』岩波文庫1957*1所収)を読んだのだが、主人公の中山荘十郎(旧幕臣の遺児という設定)、旧幕臣の鎌田斧太郎や岸義介の生き方にも、『女と刀』のキヲに通ずるものを感じたものであった。 もっとも荘十郎は、戊辰戦争の動乱時、「西郷吉之助の配下」(p.183)に父親を殺されたうえ、「薩摩の枝隊」(p.175)に母親や姉の一人を惨殺されている。それに斧太郎は、西南の役に参加して薩摩藩士を斬った側の人間である(p.184)から、キヲとはまったく逆の立場にある。しかし、たとえば斧太郎が「我々が生きていては文明開化には障りになる」(

    復刊された『女と刀』のことなど - 黌門客
  • 『味な旅 舌の旅』所引の『懐風藻』 - 黌門客

    宇能鴻一郎『味な旅 舌の旅』(中公文庫1980)が、エセー「男の中の男は料理が上手」と、著者と近藤サト氏との対談(「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯馬鹿で終わる」)とを附して、2月に新装復刊された。昨夏に出た宇能氏のオリジナル短篇集『姫君を喰う話』(新潮文庫)が話題となったことを受けてのものらしい。 『味な旅 舌の旅』の単行は日交通社から刊行されており(1968年)、KK・ロングセラーズで『美味めぐり』と改題のうえ一部改編されて復刊(1977年*1)、その三年後に中公文庫に収まっており、わたしはこの旧版の文庫を持っていた。 いわゆる味エセーではあるが、それだけに止まらない魅力がある。新版の帯に「日紀行」とあるように、あるいはその表紙裏の内容紹介に「日各地の美味・珍味を堪能しつつ列島を縦断。(略)貪婪な欲と精緻な舌で味わいつくす、滋味豊かな味覚風土記」とあるように、北は小樽から南

    『味な旅 舌の旅』所引の『懐風藻』 - 黌門客
  • 「酒池肉林」の話 - 黌門客

    「酒池肉林」は、日でも古来親しまれてきた故事である。たとえば『太平記』第三十巻「殷の紂王(ちゅうおう)の事、并太公望の事」には、四字成語の形としては出て来ないが、 (紂王は)また、沙丘に、廻り一千里の苑台を造りて、酒を湛へて池とし、肉を懸けて林とす。その中に、若く清らなる男三百人、みめ貌勝れたる女三百人を裸になして、相逐うて婚婬をなさしむ。酒の池には、龍頭鷁首(りょうどうげきしゅ)の船を浮かべて、長夜の酔ひをなし、肉の林には、北里の舞、新婬の楽を奏して、不退の娯しみを尽くす。天上の娯楽快楽(けらく)も、これには及ばじとぞ見えたりける。(兵藤裕己校注『太平記(五)』岩波文庫2016:45) とあるし、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』にも、 …定包(さだかね)ます\/こゝろ傲り、夜をもて日を続(つぐ)遊興に、士卒の怨をかへりみず、或は玉梓と輦(てぐるま)を共にして、後園(おくには)の花に戯れ、或は

    「酒池肉林」の話 - 黌門客
  • 『ボヴァリー夫人』のことーーフローベール生誕200年 - 黌門客

    この秋から冬にかけて(主として車中で)味読していたのが、ギュスターヴ・フローベール/山田𣝣訳『ボヴァリー夫人』(河出文庫2009)である。十二月にフローベールが生誕二百年を迎えるというので、一種の義務感のようなものから読み直していたのだったが、初読時よりも杳かに充ち足りた読書体験となった。 フローベールといえば、異形の者たちが跋扈する内容に惹かれて読んだ渡辺一夫訳『聖アントワヌの誘惑』(岩波文庫1957)や、未完のエンサイクロペディア的作品・鈴木健郎訳『ブヴァールとペキュシェ(上中下)』(岩波文庫1954)などもそれぞれに印象的だったし、当ブログでは、「愛書狂」や「ブヴァール~」について少し触れたことがある(「フローベールの『愛書狂』」、「日語の用例拾い」)けれども、生誕二百年の今年は、やはり『ボヴァリー夫人』で行こうと、独り決めに決めていたのだった。 『ボヴァリー夫人』を再読するにあ

    『ボヴァリー夫人』のことーーフローベール生誕200年 - 黌門客
  • 琵琶のロマン - 黌門客

    松尾恒一『日の民俗宗教』(ちくま新書2019)は知的好奇心をかき立てられるだが、すこし不思議な点がある。第三章「民衆の仏教への受容」の第三節「因果応報の志操の遊行と宗教者・芸能民」に、 中国の琵琶の音色やメロディーを考える上で注目したいのは、仏・菩薩の住む浄土の様子を描いた『浄土変相図』には、琵琶を含む、浄土での演奏の様子が見られることである。 「敦煌莫高窟(とんこうばっこうくつ)」第二二〇窟の唐代の浄土変相図の一つ『奏楽図』には、正面の高欄(こうらん)のある高舞台に仏・菩薩や天女と思われる楽人たちが座して、琵琶やほぼ円形の胴の阮咸(げんかん)(ruanxian)などの棹のある弦楽器や横笛、ハーモニカ状の排簫(はいしょう)(pai2xiao1)などの吹奏楽器を奏している様子が描かれている(図23)。(略) 画中でひときわ目を引くのは、琵琶を背負いかつぐようにして弾く様子である。この奏法

    琵琶のロマン - 黌門客
  • 中村武志『埋草随筆』と内田百閒 - 黌門客

    総勢87名の文章を収める佐藤聖編『百鬼園先生―内田百閒全集月報集成』(中央公論新社2021)には、たとえば河盛好蔵の文章であれば3、阿川弘之や江國滋、安岡章太郎の文章も同じく3、川村二郎や池内紀の文章は4収録されているのだが、中村武志による文章は最多の6が収録されている。その内訳は、講談社版百閒全集の月報に寄せたものがひとつ(「百鬼園先生の黒前掛」)、福武書店版百閒全集の月報や巻末に載ったものがみっつ(「阿房列車のこと」「郷里岡山に文学碑建つ」「全集完結後記」)、福武文庫の巻頭文・解説文がふたつ(「内田百閒の作品を新字、新仮名づかいにするについて」「百鬼園先生の錬金術」)、である。「内田百閒の作品を新字、新仮名づかいにするについて」は百閒生誕100年に当る1989年に書かれており、同題のものが内田百閒『冥途・旅順入城式』(岩波文庫1990)の巻末にも収録されている。内容はほぼ同じで

    中村武志『埋草随筆』と内田百閒 - 黌門客
  • 宇野浩二のことー生誕130年 - 黌門客

    「文学の鬼」との異名をとり*1、また、「私小説」という言葉の生みの親としても知られる宇野浩二の作品は、ほぼ自身の実体験に基づくものだったのではないか――、などと何の根拠もなくおもっていたが(というより、昨夏まであまりきちんと読んでいなかったのだが)、改めて読んでみると、実はそうでもないことに気づかされる。 たとえば『蔵の中・子を貸し屋 他三篇』(岩波文庫1992第7刷*2)には、表題作の「蔵の中」「子を貸し屋」のほか「一と踊」「屋根裏の法学士」「晴れたり君よ」が収められているが、創作性の強いことが明らかな「子を貸し屋」は措くとしても、その他の各作品について、宇野自身は「あとがき」で次のように述べている。 『藏の中』は、はつきりいふと、近松秋江先生が、あらゆる著物を質にいれてしまつた上に、自分が現在きてゐる著物まで質にいれてゐる、といふやうな話を、廣津和郞から、聞き、その話を元にして、その頃

    宇野浩二のことー生誕130年 - 黌門客
  • 『完落ち』ー業界用語のことなど - 黌門客

    赤石晋一郎『完落ち―警視庁捜査一課「取調室」秘録』(文藝春秋2021)は、“伝説の刑事”大峯泰廣氏の活躍を描いたノンフィクションである。他ので読んだり(第三章「猥褻」)、テレビで見たり(第五章「信仰」、第八章「迷宮」)した挿話もあったものの、巻措くあたわざる面白さで、文字どおり「イッキ読み」したのだった。 加えて、辞書好き、言葉好きとしては、所々にいわゆる隠語、業界用語が紹介されていることも興味深く感じた。その例を挙げておこう。 “マグロ”というのは「仮睡盗(かすいとう)」のことを指す刑事独特の隠語だ。仮睡盗とは駅構内などで酔い潰れ寝ている人間から財布などを抜くコソ泥のことだ。市場に転がされている冷凍マグロのように動かない酔客を狙い犯行に及ぶので、刑事の間でマグロと呼ばれるようになったそうだ。(p.43) 多分、上記から派生した意味のひとつなのだろうが、「マグロ」は犯罪者側からは、「睡眠

    『完落ち』ー業界用語のことなど - 黌門客
  • ツィマーマンのベートーヴェン - 黌門客

    昨年はベートーヴェン・イヤーであったが(生誕250年)、あいにくのコロナ禍で休日の外出もままならず、コンサートへは一度も行けなかった。岡田暁生氏は、「コンサートやライブが自粛されていた間、録音音楽ばかり聴いていたせいで逆に、生の音楽における背後のかすかなお客たちの気配やざわめきが、いかに音楽を生き生きと映えさせるための舞台背景であったか、改めて実感した」(『音楽の危機―《第九》が歌えなくなった日』中公新書2020:28-29)と書いており、これにはまったく同感であった。 しかし「録音音楽」というのは、自分の好きなときに好きなだけ、居ながらにして何べんもくり返し聴けるという利点があるわけで、夕まぐれの曖昧な時間帯に、あるいは深夜の夢寐のうちに、アルバン・ベルク四重奏団による『ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第12番変ホ長調・弦楽四重奏曲第16番ヘ長調』『ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短

    ツィマーマンのベートーヴェン - 黌門客
  • 『陶庵夢憶』や周作人のこと - 黌門客

    張岱(ちょうたい)著/松枝茂夫訳『陶庵夢憶』(岩波文庫1981)という、滋味あふれる明代の随筆集がある。気が向いたときに、時々棚から取り出しては読む。とりわけ「三代の蔵書」(巻二、pp.105-07)、「韻山」(巻六、pp.230-32)あたりが気に入っている。 当時の江南地方の飲や風習に関する記述も読んで面白く、たとえば篠田一士『グルメのための文藝読』(朝日文庫1986)は、「蜜柑」という文章でこれを取り上げて、 (張岱が―引用者)四十余年をかけて書きつづけた明末の歴史『石匱(せきき)書後集』は中国史書の傑作だが、晩年、往時を回想して書きつづった小品集『陶庵夢憶(とうあんむおく)』も、また、抒情的エッセーの逸品として忘れることはできない。ここには明末のはなやかな世相風俗のさまざまな局面が作者の経験にもとづいてえがかれていて、もちろん、口腹の楽しみについても、筆を惜しんではいない。

    『陶庵夢憶』や周作人のこと - 黌門客
  • 『爾雅』の話 - 黌門客

    國分功一郎『中動態の世界―意志と責任の考古学』(医学書院2017)には色々と触発されるところがあって、 かつて中動態は、中動態と能動態とを対立させるパースペクティヴのなかにあった。中動態は能動態との対立のなかで自らの位置を確定していた。ところが、そのパースペクティヴは受動態の台頭とともに変化していく。もともとは中動態から派生したものに過ぎなかった受動態が中動態に取って代わった。 いまわれわれは、そのような、能動態と受動態とを対立させるパースペクティヴのなかにいる。ならば、そのようなパースペクティヴのなかに中動態をうまく位置づけられないのは当然である。中動態はこの歴史的変化のなかで、かつて自らが有していた場所を失ったのだ。(pp.79-80) という記述などにも蒙を啓かれたものだった。これを援用すれば、例えば『干祿字書』が定義する漢字字体の「俗・通・正」というタームも、「俗:通:正」の三項対

    『爾雅』の話 - 黌門客
  • 笠松宏至『徳政令』 - 黌門客

    早島大祐『徳政令―なぜ借金は返さなければならないのか』(講談社現代新書2018)の第一章に、次のようにある。 ここで、日歴史学において、債務破棄を意味する徳政令がどのように理解されてきたかをまず紹介しておこう。 最初にとりあげるのは、笠松宏至氏の研究である。 笠松氏は、著書『徳政令』のなかで、戦前からの研究史をたどりつつ、この徳政令と呼ばれた奇妙な法令が、研究史上、どのように把握されてきたかを述べていた。 具体的には近代法制史研究の父である中田薫以降の古典的研究において、鎌倉時代後半以降に頻発した徳政が、「しばしばわが経済界を擾乱し、かつ当時における法制の健全なる発達を阻碍」するものと否定的にとらえられてきたことを指摘した上で、なぜ債務破棄が徳政と呼ばれたのかと問いを立て直し、元の持ち主に返す=あるべきところに返すことが、古代~中世の政治において徳政とされた可能性を主張した。 近代的観

    笠松宏至『徳政令』 - 黌門客
  • 「器量」の話―『徳政令』餘話 - 黌門客

    笠松宏至『徳政令―中世の法と慣習―』(岩波新書1983)の話をもう少し続ける。 同書が、中世語「甲乙人」についても説いていることはさきに触れた。笠松氏はこの語の原義が、身分的な意味を有しない、ニュートラルな「第三者の総称」(p.122)であったことを述べ、これがなぜ「凡下(ぼんげ)百姓等」を意味するようになったかという問いを立て、その答えを追究している。 まず笠原氏は考察の前提として、 この頃(鎌倉末期―引用者)からまた、ある所領所職を、正当に知行しうる資格をもつ人間を「器量の人」とよび、その逆に資格のない人間を「非器」とよぶ法律用語が用いられはじめる(p.123) といった条件を挙げたうえで、次のようにいう。 ごくごく一般的にいって、中世の人間がある所領所職を、正当に(暴力や経済力だけではなく、社会的に認知された妥当性をもって)知行できる根拠は二つあると思われる。 その一つは、前述の「器

    「器量」の話―『徳政令』餘話 - 黌門客
  • 『ヴァルモンの功績』のルビの話など - 黌門客

    さる方から、ロバート・バー/田中鼎訳『ヴァルモンの功績』(創元推理文庫2020)を頂いた。バーの作品は、これまで宇野利泰訳の「放心家組合」だけしか読んだことがなかった。宇野訳「放心家組合」は、まず江戸川乱歩編『世界短篇傑作集(一)』(東京創元社1957)に収められ、これは3年後に『世界短編傑作集(一)』として文庫化された。さらに全面リニューアルされた江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』(創元推理文庫2018-19)では、第2巻に入っている。 このほど出た『ヴァルモンの功績』にも、もちろん「放心家組合」(新訳)が入っており、そのほかに「ウジェーヌ・ヴァルモン」もの7作品と、ホームズもの(パロディ)掌篇2作品とを収めている。 そのさる方が「遊んだ訳文」と仰しゃっていたように、まず訳者名の「田中鼎」だが、これはモーリス・ルヴェル『夜鳥』などを訳したことで知られる田中早苗(1884-1945)の名を

    『ヴァルモンの功績』のルビの話など - 黌門客