→紀伊國屋ウェブストアで購入 「ウルトラセブンの「音楽」を探して」 本書(青山通『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』アルテスパブリッシング、2013年)の内容は、装幀から受ける印象とはずいぶん違っている。いや、ウルトラセブンと関係はあるのだが、メインテーマはその最終回に出てきた「謎」の音楽で、読者は探偵ものを読むかのようにその世界に引き込まれてしまう。よくこんな本が書けたものだ。 ウルトラセブンは、1967年10月1日から68年9月8日まで放送されたテレビ番組だが、私も小さな子供だったので、全部とはいわないものの、大部分をみたと思う。しかし、著者が問題にしているのは、最終回で主人公のダン(ウルトラ警備隊)が同僚のアンヌに自分がウルトラセブンであることを告白するシーンである。「僕は・・・僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ!」と。ラストの8分強だという(同
→紀伊國屋ウェブストアで購入 「待望のブルーノ・ワルター評伝の日本語版」 ブルーノ・ワルター(1876-1962)は、私が最も敬愛する指揮者のひとりである。ワルターはモーツアルトやマーラーの演奏で定評があったが、私が初めてワルターのレコードを買ったのは彼のベートーヴェン交響曲全集だった。没後20年の年(1982)、それを記念してワルターの廉価版の全集が出ていたが、その価格はちょうど一万円だったと記憶している。当時それは破格に安い価格だった(カラヤンの全集は二万円近くしたと思う)。大学二年生だった私には、一万円というのはレコードに割けるギリギリの現金だった。だが、このベートーヴェン全集を一番先に買い求めたのは、結果的には正解だった。それは、フルトヴェングラーの演奏のように鬼気迫るものでもカラヤンの演奏のようにスマートなものでもなかったが、温かみのある、高貴といってもよい演奏だったからだ。この
→紀伊國屋ウェブストアで購入 「文科省の「うるさい伝説」」 →紀伊國屋ウェブストアで購入 著者はかつて「ミスター文科省」と呼ばれた有名人。そこへ来て副題が「三流官庁」なので、新書特有のうすらいかがわしさを嗅ぎ取る人もいるかもしれない。しかし、本書の内容は至極真っ当で、良質の情報が詰まっている。その文章を読めば、寺脇氏がなぜ「ミスター文科省」とあだ名されるようになったかもよくわかるだろう。この人は物語を組み立て、展開させるのが実にうまいのだ。白黒ははっきりし、メリハリも効いている。何しろこれは官庁の職務を説明する本なのであり、目がごちゃごちゃするような行政用語も頻出するのだが、ほとんどスポ根ドラマを見たような爽快な気分になるのだから不思議だ。 どのあたりが「スポ根」なのかは追ってお示しするとして、まず筆者がこの本を手に取った事情に触れておきたい。大学に限らず教育機関等で働いたことのある人なら
早瀬晋三 (はやせ・しんぞう) 1955年岡山県津山市生まれ。東京大学卒業。西豪州マードック大学Ph.D.。 現在、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 教授。 主要著書 『フィリピン近現代史のなかの日本人:植民地社会の形成と移民・商品』(東京大学出版会,2012年)、 『マンダラ国家から国民国家へ:東南アジア史のなかの第一次世界大戦』(人文書院,2012年)、『フィリピン関係文献目録:戦前・戦中、「戦記もの」』(龍溪書舎,2009年)、『未完のフィリピン革命と植民地化』(山川出版社,2009年)、『歴史空間としての海域を歩く』(法政大学出版局,2008年)、『未来と対話する歴史』(法政大学出版局,2008年)、『戦争の記憶を歩く 東南アジアのいま』 (岩波書店,2007年,英語版:A Walk Through War Memories in Southeast Asia, Quezon C
→紀伊國屋書店で購入 著者、山本有造が選んだ基本的な方法は、「数量経済史的方法」だった。20世紀半ばの経済史で、この方法をとることに疑問をもつ者はいないだろうが、扱う時期が戦争中で、しかも「大東亜共栄圏」と組み合わせるとなれば、話は別である。「大東亜共栄圏」に組み込まれた東南アジアの経済史研究では、これまで数量経済史的方法だけでは充分に把握できず、社会的理解が必要であるとして、社会経済史的方法がとられてきた。「大東亜戦争」期はさらに困難がともない、ましてや広域的な把握となれば、あきらめざるをえないというのが実情だっただろう。この困難さをもっともよくわかっているのは著者自身で、まず「政策史ではなく数量経済史的実証分析」に挑戦した著者に敬意を表したい。そして、「この道はいまようやくその出発点に立っている」という著者とともに、出発点に立てることを喜びたい。 本書は、「著者の日本植民地帝国研究に関
→紀伊國屋書店で購入 「デフレをどう捉えるか」 経済学はアダム・スミスの昔から優れて実践的な学問であったが、バブル崩壊後の日本経済が長いあいだ低迷し続けるうちに「デフレからの脱却」という課題が急浮上するようになった。だが、経済学者やエコノミストの見解が容易に一致しないように、デフレをどう捉えるかについてもいろいろな考え方がある。本書(『デフレーション』日本経済新聞出版社、2013年)の著者である吉川洋氏(東京大学大学院経済学研究科教授)は、わが国を代表するケインジアンとして知られているが、一読すれば、自説とは対立する理論や政策(現内閣の「アベノミクス」もそのひとつだが)との違いが明確となるような丁寧な叙述がなされているのに気づくだろう。啓蒙書の模範というべき好著である。 一昔前、インフレ抑制が重要な経済問題であった頃、アメリカの高名な経済学者ミルトン・フリードマンは、「インフレは貨幣的な現
→紀伊國屋書店で購入 テレフォンセックスと聞いて何をイメージしますか? 私が思い出すのは「セックス・アンド・ザ・シティ」のワンシーン。ニューヨーク在住の独身女性キャリーが元彼とセクシーな言葉の応酬で楽しむ場面です。正直思いました。電話でセックスして何が楽しいのか。そこまでするアメリカ人って本当に性欲が強いんだな、と。 なので『指名ナンバーワン嬢が明かすテレフォンセックス裏物語』というこの本のページを開く直前までこう考えていました。高いお金を払ってまでテレフォンセックスしたいだなんてよっぽど特殊な人たちの物語なんだろうな、と。その通りでした。この本に出てくるお客さんはみんな変態でした。それも私たちの想像を絶する超一級の変態だったのです。 この世における人類は、本来持っている能力の五~七パーセントしか発揮できていないという説があります。それと同じように、この世における男女は、本来持つ性癖の五~
→紀伊國屋書店で購入 「本書を通じて訴えたかったことは、住民にそれだけの犠牲を強いて実施した経済施策は、全く現地の実情や民生の向上などを考えず、そのために意図せざる人的被害を現地の社会にもたらしたということ、そしてそれだけの犠牲を強いて実行した資源取得政策が、日本の目的にさえかなわなかったこともあったということである。どこに怒りをぶつけたらよいのか分からない戦争の理不尽さ、資源の無駄遣いを具体的に指摘することを、本書は一つの目的としている」と、著者倉沢愛子は「序章 「大東亜共栄圏」の人流・物流」を締めくくっている。 東南アジアの地域研究を専門とする著者は、その序章で、戦時期の日本経済史研究を高く評価し、「本書が目指すもの」をつぎのように語っている。「戦時期の日本経済史研究の蓄積は非常に厚く、日本がどのような経済的戦略で戦争を遂行し、何がうまく行かなかったから戦争経済が破綻したのかについては
→紀伊國屋書店で購入 「記念です」 ついに高山宏書評コーナー「読んで生き、書いて死ぬ」が終わってしまった。 内輪でやってると思われても何なので、あえて氏の本を取り上げるのは避けてきたが、日本の英文学を語るには避けられない巨人であることは間違いない。これでシリーズは終わりということだし、ちょうど良い機会。伝説的な『目の中の劇場』は品切れとのことなので、「超英文学講義」との副題のついた本書を読んでみる。 さて。なぜ「超」なのか。なぜそれでも「英文学」なのか。この副題はたいへん意味深い。高山宏の最大の魅力は、「知」がおもしろいことを教えてくれることである。当たり前だと思うかもしれないが、意外に当たり前ではない。「知」というのは、それなりに修練をへたり、悩んだり、諦めたり、緊張したりする中から紡がれる人間の営為である。そう簡単におもしろがれるものではない。地味で、退屈で、難解なもの。偉そうで、縁遠
→紀伊國屋書店で購入 「詩を語るイーグルトン節」 タイトルは直訳すると「詩の読み方」とか「英詩のわかり方」くらいか。 え、あの理論派イーグルトンが詩の入門書?とびっくりするかもしれないが、英米の大学ではかつては、英文科に入った人間がまず最初にやらされたのが、詩などのテクストを用いたpractical criticism(実践批評)だったのである。practical criticismとは批評の基礎トレーニングみたいなもので、紙と鉛筆を手にいきなりテクストと面と向かわされ、「さあ、何が言えるかやってみましょう」と分析をさせられる。野球でいえば、キャッチボールのようなもの。あらゆる批評の基礎たるべきものだと筆者も思う。テクストとしても、詩がちょうどいい。 イーグルトンも若い頃はこれをやらされた。それが今では、すっかりそういう伝統が廃れてしまって・・・という嘆きから本書は始まるのだが、「そりゃ、
年末恒例の「キノベス」。 '06年10月~'07年9月の新刊を対象に、紀伊國屋書店全社員に向け、“これぞと思う一冊”アンケートを実施。 550件の応募の中から、自他共に認める本好きのスタッフ十数名による選考を経て、“紀伊國屋書店が選ぶ2007年のベスト30” が決定しました。 私たちがおすすめする30点を発表します! →bookwebで購入 (新潮社/税込1,575円) 叫びそうになった。しかし、喉の奥で詰まった。涙が浮かんだ。でも、流れ落ちはしなかった。そんな驚愕とやるせなさ。青空の下、誰のために駆け抜け、何のためにペダルに力を込めるのか。犠牲という存在に、それを乗り越えてゆくということに私たちは何かを感じずにいられない。 〔本町店・酒井和美〕 何が起こったのかわからなかった。ラストに向かう手前、全ての真相、真意がわかった途端に、涙があふれ出た。読み返しながらも、泣きやむことが出来ず、か
川口有美子 (かわぐち・ゆみこ) 『逝かない身体』(医学書院)で2010年6月第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。 NPO法人さくら会理事、有限会社ケアサポートモモ代表取締役、日本ALS協会理事。 2005年より立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程在籍。 現在猫3匹とおひとりさまの修行中。 でも全然だめで、ひとりではなにもできない、楽しくない私を発見中。 関連サイトのリンク --->立命館大学のサイト 川口有美子 --->NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 →bookwebで購入 「伝えることをあきらめない」 著者のたかおまゆみさんとは何度かお会いしたことがある。 都内のALS患者さんのお宅に見学に来られた時、同席したのが最初の出会い。車椅子から立ちあがって、まだ歩けていた頃だ。彼女のブログの愛読者には「うさぎさん」とハンドルネームで呼ばせてもらったほうがしっくりく
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