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ブックマーク / www.ele-king.net (19)

  • interview with Telex | ele-king

    ベルギーはヨーロッパの中央に位置する国だし、だから誰もがベルギーを襲ってきた。ローマ人の昔から、ドイツ人、フランス人、スペイン人等々。それくらい行き来が盛んだと、ユーモアの感覚を持たずにはやっていられない。それがないと、死ぬか、裏切り者になるしかないから(苦笑)。 テクノ四天王などとは言いたくはない。テレックスは仏教徒ではないのだから。しかしテレックスは、クラフトワーク、ジョルジオ・モロダー、YMOらと並ぶ、70年代テクノの始祖たちの重要な一角を占めていることは間違いない。それにしても、テクノにおいてドイツ、イタリア、日、そしてベルギーというポップの主流たる英米以外の国において突出した個が出現したというのは、一考にあたいする興味ぶかい事実だ。 とまれテレックスは、その70年代テクノ・ビッグ・フォーのなかでは、わりかしマニアックなポジションに甘んじていた感があった。つまり知る人ぞ知るという

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    kabutomutsu
    kabutomutsu 2021/07/06
    テレックス!
  • interview with Terre Thaemlitz | ele-king

    Home > Interviews > interview with Terre Thaemlitz - 移民、ジェンダー、クラブ・カルチャーと質主義への抵抗 このインタヴューは来年に延期されたテーリ・テムリッツ氏が出演予定のドイツの都市モンハイムで開催される音楽フェスティヴァル、《Monheim Triennale》から依頼を受け、英語でインタヴューをおこない執筆したものに若干の編集を加え日語にしたものです。日で20年、外国人でクィアで反資主義なアーティストとして活動しているテーリさんの深い考察は、日の人たちにこそいま読まれるべき示唆に富んでいます。 DJスプリンクルズとして知られるテーリ・テムリッツは世界を見渡しても、最も進歩的な芸術・音楽家たちのなかでさえも、極めてユニークな立場にある人物だ。批評性というものに深く向き合うことを決意している彼女は、あらゆる先入観や前提を疑う

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  • interview with Meitei | ele-king

    劣化したテープの触感はビビオを想起させる。じっさい、ビビオの音楽はすべて聴いているという。リズミカルにばちばちと火の粉を散らすクラックル・ノイズは、他方で、ベリアルを彷彿させもする。そこへ乱入してくる、くすんだ古の女性の歌声と「和」の雰囲気──。なるほど、たしかにこれは斬新なアプローチかもしれない。当人としてはとくにノスタルジーを意識しているわけではないそうなのだけれど、すくなくともサウンド面で「過去」が重要なテーマになっているのはまちがいない。 広島在住のプロデューサー、冥丁のニュー・アルバム『古風』は「失われた日」をテーマにしている。時代のばらつきこそあれ、“万葉”、“花魁”、“貞奴”、“縁日” と、曲名からもそのコンセプトは明確だ。といっても、彼が「日」を題材にするのは今回が初めてではない。海外で評価された前々作『怪談』(2018年)や前作『小町』(2019年)もそうだった。そも

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  • Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra | ele-king

  • 第3回 映画『金子文子と朴烈』が描かなかったこと | ele-king

    1 『何が私をこうさせたか』は、わずか23歳で獄中自殺した大正時代の活動家・金子文子が遺した膨大な自伝であるが、このタイトルは官憲が文子について最も知りたがり、文子に投げかけ続けた問いそのものである。文子はこの世に存在するものすべてをぶち壊したいと気で思っていた。文子は大逆罪の疑いで引きずり出された法廷を舞台として、同志でありパートナーである朝鮮出身の活動家・朴烈とともに、攻撃的かつ切実な言葉で自身の思想を開陳し続けた。文子を尋問した者、裁こうとした者、取り締まらんとする者は、文子を見て思った──どうして金子文子は、「こう」なのか? 「此の呪いを何処に持って行くか、自然を呪い社会を呪い生物を呪って私は総ての物を破壊して自分は死なうと思ひます。」(『裁判記録』15ページ、カタカナをひらがなに訂正している) 文子の思想はまぎれもなく文子のものであったが、官憲どもは文子から何度も思想を奪おうと

    第3回 映画『金子文子と朴烈』が描かなかったこと | ele-king
    kabutomutsu
    kabutomutsu 2019/03/22
    アナキストではなくニヒリスト、と
  • R.I.P. Cecil Taylor | ele-king

    セシル・テイラーが亡くなった。 4月5日にブルックリンの自宅でピアニストにして詩人は息を引き取る。89歳だった。最高気温は7度くらいだろう。寒くて雨がちだったこの日、家族のほかに彼を見送ったのは、サキソフォン奏者のエヴァン・パーカーと〈Cadence〉レーベルの主宰者ロバート・ラッシュだという(『ガーディアン』紙電子版)。巨漢のパーカーが共演したライヴは数え切れないし、ラッシュは最後のアルバムを作った人だ。1956年に出された最初の作品『Jazz Advance』から62年の時間が流れたのである。 少し暖かくなったニューヨークの街では今ごろ、彼の音楽に励まされた人たちが記憶を紡ぐ催しを準備していることだろう。私もここでその試みに加わりたいと思う。 3年前に彼がオーネット・コールマンの葬儀で演奏した音を聴きながら、これを書いている。2015年6月27日、場所はマンハッタンの西ハーレムにあるリ

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  • Blue Iverson (Dean Blunt) | ele-king

  • interview with Mark McGuire | ele-king

    マーク・マグワイヤはここからだ。彼の名がクレジットされた楽曲は膨大に存在するが、それらはいま、この『アロング・ザ・ウェイ』から、新しく光を当てられることになるだろう。エメラルズを脱退してのソロだから、ではない。彼が、彼のやるべきことを見つけたからだ。長い人生が何のためにあるのかを知る機会は少ないが、とくに意味がないようにも思われるその連続が、ある一点から一気につながっていくということが起こらないともかぎらない。マグワイヤにはきっと、そのときがめぐってきている。......そう熱と感動を込めて言い切ってしまう理由は、以下のインタヴューのなかに示されている。 『ダズ・イット・ルック・ライク・アイム・ヒア?』(2010年)のリリースによって、アメリカ中西部のアンダーグラウンドなノイズ・シーンから世界へと飛び出し、クラウトロックをモードにしてしまった時代の寵児、エメラルズ。そのエメラルズ解散後初の

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  • interview with Acid Mothers Temple | ele-king

    アシッド・マザーズ・テンプルのリーダー、河端一のインタヴューをお届けする。 アシッド・マザーズ・テンプル(AMT)は河端を中心に「アシッド・マザーズ・テンプル&メルティング・パライソUFO」(通称「宗家」)、「アシッド・マザーズ・テンプル&ザ・コズミック・インフェルノ」(通称「地獄組」)、「アシッド・マザーズ・テンプルSWR」等々、AMTの名を冠した多くのバンド/ユニットが存在する。ゴングのようなものだと思えばわかる人にはわかるだろうか。 そのゴングとの合体バンド「アシッド・マザーズ・ゴング」、グルグルのマニ・ノイマイヤーとの「アシッド・マザーズ・グルグル」など、合体ユニットものも数多く存在する。このあたり、非常階段、想い出波止場などの関西アンダーグラウンドの系譜も感じさせる。 AMTは97年のファースト・アルバム以降、ジュリアン・コープによる紹介や英『THE WIRE』誌の表紙掲載(20

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  • 追悼・蜷川幸雄(後編) | ele-king

    前半では、おもに、蜷川幸雄さんと歌手としてのわたしについて書いた。後編では、女優として、蜷川さんの現場に立ったときの、思い出と感じたことを書こうと思う。そしてその後のことも。 蜷川さんが、チェーホフの「三人姉妹」の、三女イリーナの役を、とオファーをしてくれたときは、天にも昇る気持ちであった。まさか、というか。メインキャ ストだったし、わたしにも、京子やアイドルの方のような華があるのかと、恐る恐るだが思えたし。そのときは、まだ緊張というものはなかった。劇場は今はなきセゾン劇場で、小劇場で演劇をやっていたわたしには、大きく感じた。それくらいのキャパの劇場は、歌手としてなら、幾らもあったが、マイクを使わない、 というのは全く違う。そして、ふと思った。 蜷川さんは、大きな賭けをなさったんだ、と。わたしを大きな舞台で使う、という(経験でいうと、子役のときに新橋演舞場で出たことがあっただけであった)。

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  • 追悼・蜷川幸雄(前編) | ele-king

    歳を重ねて、嫌だなと思うことは、わたしの場合あまりない。ただ、25歳前後に知り合いの結婚式ラッシュがあったように、歳を重ねると喪服を着ることが多くなるのだ。だが、この人は、まだ大丈夫と思い、覚悟をしてなかった人が逝った。80歳で、車椅子に乗り、鼻に管をしていたにもかかわらず、だ。蜷川幸雄さんは、その状態で、演出しながら怒り、あいかわらずの調子で台を床に叩きつけている映像が流れたこともあったから、なんとなく油断していたのだ。 蜷川さんは、女優としてのわたしと、歌手としてのわたしの両方でお世話になり、卑屈なわたしに、両方の自信をくれた人だ。 亡くなる数年前にも、「サワコの朝」という番組で、まだ凄いことを言ってくださっていた。ソロになってからずっと好いてくださったのだ。自分で書くのは、あまりに恥ずかしいから、ネットで調べていただきたい。さいたまゴールド・シアターという、高齢者だけの劇団を作った

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  • RIP David Bowie | ele-king

    英国に止まない雨が降った朝文:ブレイディみかこ ある雑誌の企画で「いま一番聴いている5曲」という調査に参加することになり、アンケート用紙に記入してメールした後、酒を飲みながらボウイの新譜を聴いていた。 「いま一番聴いている5曲」の中にも、『Blackstar』収録の” 'Tis a Pity She Was a Whore”を入れた。過去と現在の音をカクテルにしてぐいぐいかき混ぜながら、確かに前進していると思える力強さがある。みたいなことをアンケートには書いておいた。 そして新譜を聴きながらわたしは眠った。 が、朝5時に目が覚めてしまった。 まるで天上から誰かが巨大なバケツで水をぶちまけているかのような雨が降っていたからだ。雨の音で目が覚めるというのはそうある話ではない。こんな怒涛のような雨が降り続いたら、うちのような安普請の家は破れるんじゃないかと気で思った。妙に真っ暗で、異様なほどけ

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  • Family Fodder | ele-king

    表現手段を追い越した衝動があちこちで胞子をまき散らし、頭にポストをくっつけたパンクがわがままで色とりどりな花を咲かせた時代——1979年にアリグ・フォッダーを中心にUKで結成されたニューウェイヴ・バンド=ファミリー・フォッダー。現在も活動を続ける彼らの入手困難であった作品が、ドイツからフランスに移転した(いつの間に?)新旧おもしろ音楽発掘レーベル〈シュタウブゴールド〉よりリイシューされた。しかもCD盤にはファースト・アルバム『モンキー・バナナ・キッチン』(1980)、12インチEP『スキゾフレニア・パーティー』(1981)、そして、7インチEP『フィルム・ミュージック』(1981)と『ザ・ビッグ・ディッグ』(1982)がまとめてみっちり収録されていて、初期ファミリー・フォッダーの魅力を余すことなく伝えてくれるから耳からヨダレだ。 さて、内容のほうはというと、かのナース・ウィズ・ウーンド・リ

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  • R.I.P. 横田進 | ele-king

    テクノ/ハウス/エレクトロニカのプロデューサーとして国内外に多くのファンを持つ横田進が、3月27日、長い病気療養のすえ永眠したことが最近わかった。音楽関係者との接点を持たなかったご遺族が、先日、遺品整理中に見つけた関係者からの手紙を頼りに報告があった。54歳だった。 横田進は、ハウス・ミュージックに触発されて、90年代初頭から格的な音楽活動をはじめている。初期の作品、1993年にドイツの〈ハートハウス〉からリリースされたFrankfurt-Tokio-Connection名義の12インチ・シングルは、都内の輸入盤店でも話題になった。当時勢いのあったジャーマン・トランスの重要レーベルからのリリースだったということもある。が、何よりも、無名の日人がいきなり海外のレーベルから作品を出すことがまだ珍しかった時代のことだった。いまや音楽は世界に開かれている──そんなオプティミスティックな気配がア

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  • 『ザ・レフト──UK左翼列伝』刊行記念筆談(前編) | ele-king

    あるいは単純に、UKセレブの面白人物伝かもしれないが、それは、左翼がサヨクになったこの国で、いまあらためて「左翼」を考える契機かもしれない。それは、ガチガチに固く、真面目にしか政治を語れないことへの刺激剤かもしれない。それは、政治家に舐められている我々への励ましの言葉かもしれない。「ザ・レフト──UK左翼列伝」の刊行を記念して、紙エレキングでも人気の、ブレイディみかこと水越真紀の筆談をお届けしよう。 日を含め、左翼が衰退したすべての国で言われていることだと思いますが、左翼は往々にしてほかの左翼に対して心が狭い。自分こそが正しい左翼なんだと分裂を繰り返し、弱体化してきました。──水越真紀 水越真紀 『ザ・レフト──UK左翼列伝』、一言で言うと、めちゃめちゃ面白かったです。ケン・ローチやダニー・ボイルなど日人もよく知る正統派の「左翼」から意外性のあるミスター・ビーンやハリボタの作者J・K・

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  • Dean Blunt | ele-king

    昨年のディーン・ブラントとインガ・コープランドのライヴを見ていなかったら、作を買ったかどうか......。あのときのライヴには当に衝撃を覚えた。あれほどぶっ飛んだことは、記憶を探ってもなかなか見あたらない。彼らは限界まで連れて行ったし、電子ノイズとサブベースの彼方から聞こえるポップ・ソングの倒錯の具合もハンパなかった。退屈で意味がないと思っていた彼らの音楽の奥底に隠されている強い感情を、僕はまざまざと感じ取った。 ディーン・ブラントの『ナルシスト』に次ぐ新作は、『ザ・リディーマー(救世主)』。アートワークは合掌。こうしたヒネりはハイプ・ウィリアムス名義の最後のアルバムとなった『ワン・ネイション』から続いている。 反核マークがレーベル面にデザインされただけの真っ白な『ワン・ネイション』、「エボニー」と記されただけの真っ赤な『ブラック・イズ・ビューティフル』。意味ありげなスローガンとそのパ

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  • 第23回:ソーシャル・レイシズム | ele-king

    「ソーリダリティ、フォエーーヴァー、ソーリダリティ、フォエーーヴァー」 という1915年に書かれた労働者のアンセムで『Pride』は始まる。 『Pride』という英国映画は、炭鉱労働者が一年にわたってストライキを繰り広げた84年から85年を舞台にしている。ストで収入がなくなった炭鉱労働者とその家族を経済的に支援するためにロンドンの同性愛者グループが立ち上がり、GLSM(Gays and Lesbians Support Minors)という組織を結成して炭鉱コミュニティーに資金を送り続けるというストーリーで、英国の中高年はみんな知っている実話でもある。 ************* 少し前、職場でちょっとした事件があった。 というか、地元のメディアに報道されたりしたので、「ちょっとした」という表現は適切でないかもしれない。 保育士という仕事には怖い側面がある。 子供からあることないこと言われ

    第23回:ソーシャル・レイシズム | ele-king
  • Arrington de Dionyso's Malaikat dan Singa | ele-king

  • R.I.P. Robert Ashley | ele-king

    去る3月3日、現代音楽家であり、電子音楽の開拓者のひとり、ロバート・アシュリーが肝硬変のために他界した。 1930年、ミシガン州アナーバーに生まれたロバート・アシュリーは、大学卒業後、ミシガン大学スピーチ研究所(音響心理学と文化的なスピーチ・パターン)に勤務しながら、1958年にゴードン・ムンマと電子音楽スタジオを共同創立。機材が市販される以前から、エレクトロニクスに作曲の可能性を見たふたりは、機材環境を自分たちの手で作りあげ、実験した。1969年にはサンフランシスコ・テープ・ミュージックセンターの責任者に就任、1970年代は現代音楽のためのミルズ・カレッジ・センターで教鞭をとっている。 昨今、声を機械で変調することはごく普通におこなわれているが、ロバート・アシュリーは音声合成を試みた先駆者として知られている。無意識の言語と意識不明状態への関心を膨らませた彼が1979年に発表した『Autm

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