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太平洋戦争に関するmaemaemaemaeのブックマーク (2)

  • 太平洋戦争中、“第二の国歌”といわれた軍歌「海行かば」に作曲家・信時潔のキリスト教信仰

    海行かば 水漬く屍(かばね) (海を行けば、水に漬かった屍となり) 山行かば 草生す屍(かばね) (山を行けば、草の生える屍となって) 大君の辺(へ)にこそ死ねめ (天皇のお足元にこそ死のう) かへりみはせじ (後ろを振り返ることはしない) 第二の国歌ともいわれた「海行かば」 「海行かば」は、太平洋戦争中、「準国歌」「第二の国歌」ともいわれるほど、熱狂的に国民、兵士に広く歌われた。作曲家・信時潔(のぶとき・きよし、1887〜1965)が日放送協会(NHK)の嘱託を受け、1937年に作曲、国民の戦意高揚を目的とした歌として制定された。太平洋戦争が始まると、ラジオの戦果発表(大営発表)や、部隊の玉砕を伝える際に冒頭に流されたことから、国民に広く知られることになった。 太平洋戦争をテーマにした映画やドラマで現在もよく使われており、耳にしたことのある人もいるかもしれない。しかし敗戦後は、軍国主

    太平洋戦争中、“第二の国歌”といわれた軍歌「海行かば」に作曲家・信時潔のキリスト教信仰
  • 戦後70年:今も続いている国民への忍耐押しつけ | 毎日新聞

    鬼・怒鳴門(きーん・どなるど) ニューヨーク市ブルックリン生まれ。92歳。東日大震災後の2012年に日国籍を取得した。菊池寛賞、毎日出版文化賞など受賞。02年に文化功労者、08年に文化勲章を受けた。米コロンビア大名誉教授=東京都北区で2015年2月2日、宮間俊樹撮影 ドナルド・キーンさんインタビュー お国のために我慢すること、お国のために死ぬことが、日の伝統なのだろうか。若き日に「源氏物語」と出合った感動を抱き続け、日国籍を取得した日文学研究者のドナルド・キーンさんに聞いた。【聞き手・高橋昌紀/デジタル報道センター】 米国海軍の日語将校として、太平洋戦争に従軍しました。武器は取りたくなかった。だから、語学の能力を生かそうと思ったのです。1943年2月に海軍日語学校を卒業し、日軍から押収した文書の翻訳任務に就きます。ある日、小さな黒い手帳の山に行き当たりました。同僚たちは避け

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    maemaemaemae
    maemaemaemae 2015/03/14
    キーンさんの言葉にはやはり重みがあるな。。
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