1950年代、京都の土御門家(つちみかどけ)の古典籍の中から、約0.1gの隕石小片が発見された。紙包みが同梱されており、1817年12月29日に落下した八王子隕石についての記述と、1866年6月7日に落下した曽根隕石についての記述があった。 【こちらも】阪大ら、太陽系誕生時の有機物を含む隕石の非破壊分析に成功 長らく、この隕石小片は八王子隕石の断片の一つであると信じられてきたのだが、果たしてそれは正しかったのか。それについて今回分析を行ったのが、国立極地研究所、九州大学、国文学研究資料館、総合研究大学院大学からなる研究グループである。 1817年、つまり文化十四年の隕石は相当な多数が八王子一帯に降り注いだらしい。それに関する様々な記録が残されており、また発見された隕石の一部は江戸幕府勘定奉行所に届けられて天文方の調査するところともなったのだが、既に散逸しており、確かに間違いなく八王子隕石の
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