中条流(富田流)の目録に現れる最初の技、燕飛・燕廻・鍔迫・遊雲(えんぴ、えんかい、つばぜめ、ゆううん)の復元試行した動画です。 この四つは「四ケ(しか)」と呼ばれ、室町時代の事典、運歩色葉集にも「四ケ、太刀 燕飛(ウンヒ)。燕廻(-クワイ)。遊雲(ユウウン)。鍔政(ツハセメ)」としてその名称が見られます。 おそらく念阿弥慈恩が創始した一連の太刀だと思われ、えんぴ、えんかいは陰流や堤宝山流、吉岡流などにも共通してみられます。 続きを読む
えんぴの研究 @empiken (燕飛という形) 中条流をはじめとする念阿弥の流派にはえんぴ、えんかい…うきふね、うらなみという共通の名称が存在しています。燕飛というと有名な新陰流の形ですが、富田流(中条流)と新陰流の目録の共通点については、昔から指摘があり、岡田一男や森田栄によって指摘されています。 2017-12-24 00:22:37 えんぴの研究 @empiken 中条流と陰流の関係については、調査中の事で不明な点が多くあります。ですが、陰流より新陰流に取り入れられた猿飛(燕飛)はその後も新陰流系の流派に伝承され、現在まで各流派で形を変えつつも共通点を残して伝承されているのがわかっています。例えば現在では新陰流というと柳生の新陰流ですが、 2017-12-24 00:22:37
さて、よくわからない豆知識などで記事が終わってしまった前回に引き続き、「鯉口の切り方について②」です。 ちなみに前回の記事はこちらです。 鯉口の切り方について① ここからようやく本題になります。 往時の武士は雪隠や湯浴みなど特別な場合を除いては、床に入るまで刀をその身から離しませんでした。 そのためちょっとした所作で誤って鞘から刀身が抜け落ちないように、鯉口は非常に硬くなっておりました。 鯉口については前回説明致しましたが、鞘口とも申します鞘の入り口部分の名称です。 意図せずに刀が抜け落ちる事を、「鞘走る」(さやばしる)と申します。 ちなみに鞘走りは転じて「出過ぎたことをする。さきばしる」という程の意味でも用いられるようになりました。 鞘走りは怪我の元ですし、また刀身を損なう危険性もあります。 また「殿中にて三寸抜いたら改易」とも言われます。 往時の武士にとっては、抜刀というのは非常に重み
今回は粋陽堂で販売している袋竹刀について紹介します。 ▼袋竹刀とは? 竹の先端を細かく割ったものを皮袋(刀の鞘を保護する鹿革の鞘袋)に挿入した稽古道具で、新陰流の創始者上泉伊勢守信綱が考案したと言われています。 袋竹刀登場以前は木刀か刃引きの刀しかなく、稽古での負傷も多かったそうです。 発明から450年が経過しましたが、新陰流系の道場では現在でもほぼ当時の形のままの袋竹刀で稽古が行われているのは驚きです。 科学が発達し様々な新素材が開発された現代でも、成長が早く、加工も容易で、弾力、衝撃吸収力に優れた竹に勝るものはないんですね。 ▼竹を探して とはいえ、竹林のない都心部に暮らす者にとっては竹の入手も容易ではありません。 ホームセンターで園芸用のシロタケを買うしかないのですが、中国産のシロタケは苛性ソーダで油抜きをしている為繊維がズタズタになっており、ほんの数回稽古に使っただけで折れてしまい
Author:鍬海政雲 天心流兵法第十世師家。 寛永年間より伝承する古流武術を後世に伝える大任を頂き励む日々です。 公式サイト:http://tenshinryu.net/ メールアドレス:tenshinryu@me.com
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