踊り念仏や遊行を行ったとして名を馳せた、鎌倉時代の僧侶・一遍ですが、元々は河野水軍という武家の生れでした。 伊予国(愛媛県)の有力な豪族でもあった「河野通信(カワノミチノブ)」の孫にあたるのです。通信は、平安末期の源平合戦において、源氏方に味方し、活躍した武将でした。今回は、一遍の出自について探っていきたいと思います。どうぞご一読ください。 (※ちなみに、平安・鎌倉時代においては、「河野」は「カワノ」との発音だった可能性が高いと言われています。 戦国末期の河野本家の滅亡後、江戸時代に入ってから徐々に「カワノ」が「コウノ」へと変化したとも、あるいは、明治時代に入って、多くの庶民が名字を持つようになってから、「コウノ」と呼ばれるようになったとも、諸説あるようです。これは、「神戸」の読み方が「カンベ」から「コウベ」へと変化したと言われているのと似ているかもしれません。) 監修者 kawauso