片山杜秀(評論家) 東京の原宿周辺に鬱蒼(うっそう)とした森が広がる。明治神宮だ。明治天皇を祀(まつ)る。森は元はなかった。「献木十万本、勤労奉仕のべ十一万人」。大正時代にこつこつと造林された。 何がそこまで日本人を駆り立てたのか。朝井まかての『落陽』はそれを探求する小説。主人公の設定がうまい。若い新聞記者。旧制五高から帝大へ。近代文学に傾倒。社会に出たのは日露戦争後の個人主義流行時代。天皇や国家が遠い。夏目漱石の自由で批判的な態度に感化されている。まさに新世代のインテリ。 彼が天皇崩御や神宮建設運動を取材する。人々の熱い思いがしっくり来ない。漱石の奉悼(ほうとう)文にも驚く。「天皇の徳を懐(おも)ひ/天皇の恩を憶(おも)ひ」。漱石でさえこうなのか。徳や恩とは具体的には何だろう? 主人公は先帝の事跡を追う。や… この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。 この記