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2018年8月22日のブックマーク (6件)

  • 全盲の旦那さんによる洗濯物の干し方がすごい Twitterで「天才」「その発想はなかった」の声集まる

    全盲の旦那さんによる洗濯物の干し方が「素晴らしいアイデア」「その発想はなかった」とTwitterで注目を集めています。なにこれすごい。 動画を投稿したのは奥さんのあっちょ(@asisanri)さん。室内干しの様子を撮影したもので、スタンド式のパラソル型物干しに干された洗濯物が、扇風機の風によってクルクル回っているのが確認できます。気持ちが良いほどよどみなく回転してる! 洗濯物が見事にクルクル回っています この発想自体もすごいですが、風をよく受けるようにタオルの折り目を中央よりずらして干されていたりと、細かい部分での工夫がされているのに気づいて驚きます。あっちょさんが「私にはなかなか難しいです」とツイートしているように、簡単そうに見えて、他にも干し方のバランスや風の当て方などの技術が必要なようです。まさに洗濯物干しの“プロ”だ……! これは素直にすごい あっちょさんによると旦那さんがこの方法

    全盲の旦那さんによる洗濯物の干し方がすごい Twitterで「天才」「その発想はなかった」の声集まる
    werdy
    werdy 2018/08/22
  • THE PAGE(ザ・ページ) | 気になるニュースをわかりやすく

    werdy
    werdy 2018/08/22
  • 東京オリンピック組織委員会の役員報酬は年間2400万円、ボランティアに自己負担を強いる一方で宿泊・交通費なども全額支給 | Buzzap!

    東京オリンピック組織委員会の役員報酬は年間2400万円、ボランティアに自己負担を強いる一方で宿泊・交通費なども全額支給 | Buzzap!
  • NIKKEI STYLEは次のステージに

    キャリア、転職、人材育成のヒントを提供してきた「リスキリング」チャンネルは新生「NIKKEIリスキリング」としてスタート。 ビジネスパーソンのためのファッション情報を集めた「Men’s Fashion」チャンネルは「THE NIKKEI MAGAZINE」デジタル版に進化しました。 その他のチャンネルはお休みし、公開コンテンツのほとんどは「日経電子版」ならびに課題解決型サイト「日経BizGate」で引き続きご覧いただけます。

    NIKKEI STYLEは次のステージに
    werdy
    werdy 2018/08/22
  • 本直し - Wikipedia

    直し(ほんなおし)は、みりんに焼酎を加えたもの[1]。直しとも。江戸時代の風俗をまとめた『守貞漫稿』によると、みりんと焼酎をほぼ半々に混ぜたものを上方では「柳蔭(やなぎかげ)」、江戸では「直し」と呼び、冷用酒として飲まれていた[2]。 「飲みにくい酒を手直しする」という意味で「直し」という呼称が発生した。江戸時代には焼酎の亜種としてよく飲まれていたが、現在ではあまり一般的ではない。かつては夏の暑気払いとして、井戸で冷やして楽しまれ、高級品として扱われていたことが、上方落語の「青菜」に窺える。また屠蘇のベースとして用いられた。 法的には「飲用みりん」と言われる。かつては酒税法上、「みりん」とは区別され、飲用みりんはみりんより課税額が安かったが、のちに一化された。 1990年代にWTOの勧告により、ウィスキーの酒税が下がる一方で焼酎の酒税は上昇したが、料理酒と同一視された直しは看過

  • 工藤俊作 (海軍軍人) - Wikipedia

    工藤 俊作(くどう しゅんさく、1901年(明治34年)1月7日 - 1979年(昭和54年)1月12日)は、大日帝国海軍軍人。1942年3月の駆逐艦「雷」艦長時に、スラバヤ沖海戦で撃沈されたイギリス軍艦の漂流乗組員422名の救助を命じ実行させた人物として知られる。最終階級は海軍中佐。 経歴[編集] 山形県東置賜郡屋代村(現・高畠町大字竹森)で、農家の工藤七郎兵衛、きんの次男として生まれた。山形県立米沢中学校(現・米沢興譲館高校)を経て、1920年、海軍兵学校に入学(第51期[1])。同期には大井篤や実松譲、豊田隈雄、小園安名、有泉龍之助などがいる。八八艦隊構想のため、海軍兵学校は第50期から第52期までは入学定員が300名に拡大されていた。1923年、海軍兵学校を卒業。その後オーストラリア・ニュージーランドなどの南洋方面遠洋航海に出発するが、その練習艦のうちの一つである磐手の艦長にのち

    工藤俊作 (海軍軍人) - Wikipedia