クライストという作家の作品は、『千のプラトー』のなかで、その有名な戯曲『ペンテジレーア』が論じられているのを読んだときから、ずっと読みたいと思っていた。 敗戦から間もない時期に出版されたこの岩波文庫に収められているのは、表題作をはじめ、この作家のすべての短編小説であるという。 (以下引用文は、漢字を現在普通に使用されているものにあらためた形で引いた) そのなかでは、岡真理が『記憶/物語』のなかで論じていた『チリの大地震』が、やはり秀でた傑作だと思う。 この作品については詳しく書かないが、気がついたのは、結末で起きる教会堂での虐殺というのは、たしかに大地震の衝撃によってもたらされた群衆の内なる衝動の噴出だと読めるが、これはその「非常」のときに突然起きたものではなく、すでにその前、尼僧院の庭で密通した若い男女の処刑に熱狂する人々の様子のなかに、その根のようなものが描かれているという点である。