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ブックマーク / sumita-m.hatenadiary.com (10)

  • させていただく - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/PledgeCrew/20080909 店とかに日はお休みさせていただきますとかいう貼り紙が出ていると、ついつい俺はそんなこと頼んだ憶えはないぞとかそんなこと命令していないとか思ってしまう。とにかく不快な日語の言い回しではある。 このさせていただきますというのは元々近江の言い方で、江戸時代に近江商人が全国展開するとともに広まった。させていただきますならば、させてやる主体が存在する筈だが、近江商人たちは浄土真宗の篤信者だったので、阿弥陀如来にさせていただきますということだったのだが、やがて阿弥陀如来はどっかに行って、させていただきますという責任回避の言い回しだけが残った。どっかでこのようなことを読んだ記憶があるが、出典は思い出せない。 勿論、自己決定の重み、自己責任の重みが耐え難いというのは理解できる。そのために様々な文化的仕掛けがあるわけだが

    させていただく - Living, Loving, Thinking, Again
    yugui
    yugui 2008/09/10
  • その昔は祭りというのは相当にやばいものだったらしいが - Living, Loving, Thinking, Again

    http://blog.livedoor.jp/skeltia_vergber/archives/50314491.html ここでは、『読売』と『毎日』の記事が引用されている。浅草の「三社祭」で、「神輿」の上に乗った連中が「都迷惑防止条例(粗暴行為の禁止)違反や公務執行妨害容疑」(『毎日』)で現行犯逮捕されたという。「浅草神社は祭りの開始前、神輿に1人でも乗ったら、境内から出る時の「宮出し」と呼ばれる行事を中止すると、担ぎ手側に通告しており、今後の対応を協議している」(『読売』)。これに関しては、 現場では「神輿に乗るな」と警官が注意していたけど、夕方のテレビのニュースを見たら、やっぱり乗ってるのがいた。見ればどれも倶利伽羅紋紋の怖そうな方ばかり。あの方々に下りろというのは、一般人ではなかなか難しいだろう。 見ているほうからすれば、神輿の上に人が乗っていたほうが絵になるような気もするけれ

    その昔は祭りというのは相当にやばいものだったらしいが - Living, Loving, Thinking, Again
  • 「逸脱」は難しい - Living, Loving, Thinking, Again

    最近多分http://d.hatena.ne.jp/kaerudayo/20070222#p2がきっかけになっているのだとは思うけれど、障碍者を巡っての議論が喧しい。それに対して、http://childdoc.exblog.jp/5189137では、 すくなくとも私の息子(自閉症ですが)には、やっちゃいけないことを教えることは可能なので、「障害児だから『分からない』」と一括りにされると、彼には傍迷惑な話である。この言説が人口に膾炙すると、「障害児」と呼ばれる子供のなかには息子同様に迷惑する人が多いんだろうなと思う。あんまり「障害児だから」という括りはして欲しくないものだと思った。と述べられている。たしかに。私は〈障碍者は云々〉という物言いはできない。何故なら、〈障碍〉の多様な在り方についての知識がなく、そんな私が〈障碍者は云々〉というような言い方をすれば、世間に流通している多分に紋切り型

    「逸脱」は難しい - Living, Loving, Thinking, Again
  • 右翼は革命が好き? - Living, Loving, Thinking, Again

    kechackさんが中島岳志氏のテクストを援用して、「保守主義」の「空洞化」を論じている。曰く、 私の私見と付け加えると、日の戦前・戦中の全体主義は「人間の全能性を過信した理想主義」であって来保守主義者が批判すべき対象である。戦後、戦前の全体主義体制の反省を踏まえつつ、共産主義を批判する保守主義が日にも胎動したが、しだいにその保守主義が空洞化してきたのでろう(sic.)。不図思ったのだが、「保守主義」が「空洞化」したというよりも、戦後日で〈保守〉とか〈右〉と呼ばれてきた人々というのはそもそも「保守主義」とはずれていたのではないか。勿論、中島氏が名を挙げている小林秀雄、福田恒存、江藤淳、山崎正和、勝田吉太郎といった人々を「保守主義」と呼ぶことに異議はない*1。 「保守主義」については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060504/1146764157

    右翼は革命が好き? - Living, Loving, Thinking, Again
  • 「公民」 - Living, Loving, Thinking, Again

    承前*1 公共性の危機は公共性の語られ方に現れる。それは日に限ったことではない。西洋においても、publicとofficialは混同され続け、それと即応するような仕方で、〈公〉は〈官〉に簒奪され、つまり〈公〉は(義における)公といえるものでは既になくなっている。http://d.hatena.ne.jp/gushoukuuron/20061003/p1に付せられた以下のコメントなどは、そのような〈危機〉、正確に言えば危機が長引きすぎて日常に浸み込んでしまい、つまり慢性化して、危機だとも思われていないような危機、或いは危機の危機の症候以外の何物でもないだろう; # 布引洋 『市民対庶民の対比は面白いですが、庶民だけではなく公民を考えては如何でしょうか。? 市民にとっては自分自身と公(おおやけ)は対立する概念です。 公民にとっては公は自分自身なのです。対立する筈が有りません。 公民にとって

    「公民」 - Living, Loving, Thinking, Again
    yugui
    yugui 2006/11/01
    公と官の違いについての考察
  • 拒否の義務 - Living, Loving, Thinking, Again

    http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20060923/1158980242で述べられていることはひとつひとつが正当であって、その大方に同意することができる。特に注目したのは、 「歌うのが嫌なら教師をやめろ」「公務員なんだから国や都の方針に従え」というやつ。これは結構衝撃ですよ。そんなに上意下達が好きなのか。君が代を歌うために教師になったわけじゃないでしょ。「実は人にものを教えるのが嫌でたまらない」とか言うなら、教師やめたほうがいいと思うけど。教師になるなら式典でそういう場面があるのはわかってたはず、という人もいますが、国旗・国歌を、「処分」してでも強要するようになったのは比較的最近のことだし、学校の行事でそういう場面があっても強要されることはなかったわけです。ちょっと嫌なこともあるけど、年に数回我慢すればいいことだし、強要されるなんてことはないだろう、というふうに思

    拒否の義務 - Living, Loving, Thinking, Again
  • スケープゴート? - Living, Loving, Thinking, Again

    ここ数日間仕事が忙しく、blogの更新をする精神的・時間的余裕がなかったのだが、例のバイト先のお客様の写真を盗撮してMixiの日記に発表した阿呆な岩手大学生の話である。既にネットの世界ではこの話は旬を過ぎてしまった感もあるが、兎も角書く。 騒動の発端となったMixiの日記は、 http://blog.goo.ne.jp/kanataylfc/e/1d10e3b600d3799302c9bb5684b356c8 http://blog.goo.ne.jp/kanataylfc/e/69bc62eb829e4c178fcef2622e363464 に保存されており、それを報じた『産経』の記事は今マークした、 http://blog.goo.ne.jp/kanataylfc/e/1d10e3b600d3799302c9bb5684b356c8 と http://d.hatena.ne.jp/se

    スケープゴート? - Living, Loving, Thinking, Again
    yugui
    yugui 2006/08/25
    そこに贖われている空気が発生しうるのか。興味深い。
  • 美学的な準位は? - Living, Loving, Thinking, Again

    〈デモ〉についての議論が盛んなようである。例えば; http://d.hatena.ne.jp/sugitasyunsuke/20060805/p1 http://d.hatena.ne.jp/sarutora/20060806/p1 http://d.hatena.ne.jp/x0000000000/20060806/p1 ところで、鹿島拾市さんは「「デモが起こるということはその国が政情不安定ということを意味している」(嫌韓韓国人につけるクスリ』)などという、ソウルはもちろんパリでもシアトルでも通じない「常識」がまかり通る国になってきた今、国際主義はますます重要になる」*1と述べているが、これって既に「常識」なんでしょうか。 話を戻すと、デモというのは「耳障り」であってもいい、さらに極論すれば、「耳障り」でなければいけないともいえるのではないか。少なくとも、美学的な準位においては。

    美学的な準位は? - Living, Loving, Thinking, Again
    yugui
    yugui 2006/08/12
    デモの意味 - 異化
  • モラル崩壊? - Living, Loving, Thinking, Again

    海外にいるので、『クローズアップ現代』など視られないわけだが、〈日人のモラル崩壊〉について、2つの意見。 先ずは、http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1310380191/E20060801202336/index.html; 散人は、長く生きてきて、世の中を見てきたから断言できる。昔の日人の公共道徳は、まさに最低だった。地下鉄などの公共交通機関では、車両の扉が開くや否や、乗る乗客が争って中に乗り込む。降りる人はそのおかげで降りることすら出来ない。毎朝のラッシュアワーは、まさに格闘技の場だった。道路では皆われこそはとクラクションを鳴らすので、主要道路ではすさまじい騒音が鳴り響いていた。少年犯罪数は、現代よりもはるかに多く、はるかに凶悪だった。商店街での買い物は、まるで喧嘩。喫茶店の従業員はまるで教育が出来ていなかった。日

    モラル崩壊? - Living, Loving, Thinking, Again
  • 小学生は本を借りているか - Living, Loving, Thinking, Again

    桑江さんのblog*1で記事の全文*2が引用されているのだけれど、2004年度に全国の図書館での児童(小学生)1人当たりの借出し数が過去最高を更新したというニュース。「好き小学生の増加について、同省生涯学習政策局調査企画課は「活字離れが指摘される中で、総合的な学習や理科、社会の授業で与えられた課題にを使って調べる学習に加え朝の読書図書館との連携など学校現場の取り組みが功を奏しているのではないか」と分析している」というのが公式の解釈。 http://blog.goo.ne.jp/kaetzchen/e/0425bc05c969c055d9fef7d16eef851fでもこのネタは取り上げられている。尤も参照されているのは『朝日』の記事だが。曰く、 最近の公立図書館にはマンガどころか映画の DVD を置いてある所が多い。反面,『JIS ハンドブック』『日薬局方』のような真面目な工学書や

    小学生は本を借りているか - Living, Loving, Thinking, Again
    yugui
    yugui 2006/08/01
    『JIS ハンドブック』は身近な図書館に欲しいよなぁ。揃えると高いし。
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