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ブックマーク / mojimoji.hatenablog.com (11)

  • 普天間基地県内移設に合理性は皆無、その2 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    たぶん、一連のトラバとか、批判ブコメとかに答える、ことになってると思う。ブコメやトラバはいちいち真面目に読んでませんが。 「台湾侵攻に合理性がない」ことは共通認識 「中国政府が台湾に侵攻する合理的理由は存在しない」という指摘に対する批判のほとんどが、「中国政府が合理的に行動するとする保証はない」というものだった、というのは、かなり興味深いことではあるね。もちろん、政府の統制を離れて軍部が暴走する、という類のことが絶対起こりえない、とは言わないけれども、「可能性はゼロではない」という程度のことは、相当に荒唐無稽な話についても言えるのであって。少なくとも、たとえば、「資源確保」という合理的理由がすぐに思い浮かぶチェチェンやイラクのケースなどと比べて、遙かに戦争になる可能性が低い、ということは言えるだろう。 で、前回の記事でもそうだけど、僕は「荒唐無稽な話だから備える必要がない」などとは述べてい

    普天間基地県内移設に合理性は皆無、その2 - モジモジ君のブログ。みたいな。
    ashigaru
    ashigaru 2010/01/15
    “50年以上有事が発生していない東アジアに”
  • 「個人に依拠する」ということ - モジモジ君のブログ。みたいな。

    主に、「個人と民族主義」について。 「個人に依拠せよ」の意味が取り違えられていると思うので(無理もないことですが)、そこから始めたいと思います。 「個人に依拠する」=「「私が在る」に依拠する」 僕は「個人に依拠せよ」と述べました。「いかなるアイデンティティの基盤とも関係のない無色透明の個人」みたいな理解をしている人が多々いるので、それは誤解であるとハッキリ申し上げておきます。僕が「個人」に依拠せよというときに述べているのは、私の身体、私の生活、私の関係性、すなわち、私の生の現実に依拠せよ、ということです*1。それが民族主義者の言う模範的形式にしたがっているならば、それをそのままに、したがっていないとしても、それをそのままに。「そのままに」です*2。これは抽象的なものでも透明なものでもありません。民族主義が要請する規範などより、遙かに具体的で現実的なものです。生きられている現実そのままなので

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  • 政治的直接性からの逃走 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    font-daさんの記事後半で紹介されている、ピンターについての書評記事より。 決して感情的にならず、あくまで劇の対話のように、ユーモアとアイロニーを手放さない。それがために、かえってBBCの愚挙が鮮明になってくるのだ。あくまで「表現」を通しているから、その研ぎ澄まされた言葉は読者のなかに通り一遍でない感情を巻きおこす。 劇作家らしく、ピンターの言葉は直接的でない。必ずユーモアとシニカルな目をたたえて、事態を見据えている。彼は政治的問題を「政治」で解決できないことを知っている。そこで前述した「知性」や「言葉」の問題が出てくるのだ。 一読して違和感を持つのは、ここではピンターの主張に対してではなく、ピンターが「劇作家らしく」「直接的でない」表現を使っていることに対して共感が寄せられている点です。もちろん、ピンターの主張にも賛成なのでしょうけれど、その手つきは、どこかピントがずれている。たとえ

    政治的直接性からの逃走 - モジモジ君のブログ。みたいな。
  • リフレ/反リフレの経済学 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    今回は、特別編です。僕の認識は「リフレは必要だが、それだけではダメである」というものです。今回は、「それだけではダメ」の部分について説明する、二つの記事をアップします。「では、何が必要か」という問題は、次回に。多分、1、2週間後くらいに書きます。*1 更新情報 2008/10/07 07:00 一部、誤解があるようですが、「反リフレの経済学」の趣旨は、「インフレは生じない」ではなく、生じるインフレの性質が異なっており、「インフレは生じても総需要は増えない」です。その点をわかりやすくするための修正を検討します。 2008/10/06 22:00 あれま、「流動性プレミアム」の意味が逆になってるみたいですね。どう修正するか、検討します。*2 2008/10/06 09:00 ブックマークが分散しがちなので、整理しておきます。 【推奨】「リフレ/反リフレの経済学」全体へのブックマーク 「リフレの

    リフレ/反リフレの経済学 - モジモジ君のブログ。みたいな。
  • マクロをミクロに見てみれば - モジモジ君のブログ。みたいな。

    「例のGDP云々の件」@svnseeds’ ghoti! もう、これ以上驚きはしないけれど、とりあえず、ここのまとめには同意しません。稲葉氏のブログに書き込まれた次のコメントと読み比べてみれば、ズレがどのへんにあるのか分かるかもしれません。ご参考までに。>o氏のコメント それを踏まえて、svnsseedsさんの記述について、幾つかお答えしておきます。 ひとつめ 「ひとつめ」とされている部分については、まず、僕の議論の要約が全然違いますので、そこで既にアウトです。o氏のコメントを読んでください。 ふたつめのその1 「ふたつめ」。「mojimojiの主張が非現実的である」と考える1つめの理由について。 ここの議論も、価値判断の問題を無自覚に持ち込んでいます。いわゆる「生産性」についての議論。svnseeds氏は、次のようなことを書いてますね。 1. 『「福祉社会」のコアとなる産業』は労働集約的

    マクロをミクロに見てみれば - モジモジ君のブログ。みたいな。
    ashigaru
    ashigaru 2008/09/05
    なるほど、前よりよくわかった。
  • GDP概念の使い方、終了 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    山形さんが追記を書かれてますね。>「GDPというものの考え方について」 お答え。てゆーか、答えるようなこと残ってないわけですけど。 まぁ、結論から言うと、特に付け加えることはありません。一番最初の段階の誤読がそのまんまなので、とりあえず僕への批判にはなってないです。しかも、誤読に関連するあたりに、「完璧な」とか「無限の」とか、僕の議論を極端化するための修飾語が散りばめられるあたりは、ある意味見慣れた光景ですし。「その1」と「その2」を読んでもらえれば、全部済んだ話です。 で、山形さんの追記も不思議なんですが、山形さんの誤読についての稲葉さんのコメントもまったく意味不明なんですよね。他に書くこともないので、そっちについてのコメントもしておきます。 mojimoji氏に対する文句の付け方については、mojimoji氏は「誤解」と評しておられ、たしかに論点ずらしの感はあるのですが、ずらすことによ

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  • 労働者が余っているのか、支払いが足りないのか - モジモジ君のブログ。みたいな。

    「経営がわかっている労働者と、わかってない労働者の格差が拡大していく当の理由」@起業ポルノ 気軽に「生産性が下がる」とか、「労働者が余っている」とか書いてるんだけど、そのように述べるときの前提を考えてみようかな、と。とりあえず「労働者が余っている」について。 「単純労働者が余る社会になる」とか書いてるわけですが、そもそも、医療や介護の充実が社会的課題になっている昨今、医療や介護の従事者がどこでも不足しています。その意味で、つまり、現場レベルでいうならば、「余って」などいません。他方で、医療や介護の技術を習得しながら、その仕事に就いていない人が結構たくさんいます。賃金が安すぎる、労働環境が苛酷過ぎるので、敬遠されているわけです。その意味では「余って」います。単純な話です。医療や介護では報酬が政府によってだいたい決まっているわけですが、その水準が低すぎるので、こういうことが起こるわけです。

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  • 新自由主義的グローバリズムへの対抗戦略 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    面白い記事を見つけた。>「2005総選挙 (4)日ドイツの対照的な選挙結果」@CYBER FRENCH CAFE 単なる選挙結果の比較に留まらず、ドイツにおける政権の新自由主義的シフトの背景についても言及しており非常に興味深い。 小泉が選挙に勝利して以後、株価が回復している。しかし、単純には喜べない。株価が上昇するとは、日企業の収益改善が期待されているということである。企業がイノベーションによって新製品を開発したり、より低コストでの生産が可能になったり、という要因で収益が改善するならよい。しかし、企業が人員整理などによって収益改善する場合には話は別である。一言でいって、企業が生み出す「パイ」が大きくなることによる収益改善と、「パイ」は変化しないでコスト削減(主に人件費)によって生まれる収益改善がある。前者の場合は労働者に対する分配は悪化しないし、向上する可能性も見込まれる。しかし、後

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  • リスクを背負う人とそれを後ろから撃つ人 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    提起された問題に対して第三者がどのような態度を取るべきかについては、いろいろ難しい論点があるのは確かである。従軍慰安婦問題を問題化しようとする人たちの行動の多くについて、僕は惜しみなく支持を送りたいと思うが、それを慎重さを欠いた無思慮な態度、反対する人たちの意見に耳を傾けない意固地な態度として批判したがる人たちもいるだろう。僕は僕なりに覚悟を持ってこうした態度をとっているし、当然、それなりに理由のあることだとも思っている。 従軍慰安婦問題のような心的外傷をもたらす事件において、私たちがその問題の真偽について考えたいとき、どのような文脈を想定しておかねばならないのか。かなり長くなるが、ジュディス・L・ハーマン『心的外傷と回復』から引用する。(ただし、ハーマンが想定している外傷的経験は、女性の受ける暴力(家庭内暴力、性暴力)の他に、兵士が戦場で受ける経験も含まれるので、その点はご注意を。) 中

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  • トリアージについて二つ - モジモジ君のブログ。みたいな。

    いろんなことが言い尽くされたように思うので黙ってましたけど、わざわざ尋ねてくれた人があったので、簡単に。発端の福耳さんもいろいろ考え直されているようだし、福耳さんを批判しなくちゃ、ということではないですが。基的スタンスとして大事なのは、この記事、かな。>「救ったこととか見殺しにしたこととかあるのかな」@こどものおいしゃさん日記 あと、二点ほど、付け加える。 トリアージって、別に問題の解決でもなんでもなくて、てゆーか、そもそも問題の解決ができないからトリアージが出てくるわけで。だから、トリアージが必要な場面で、トリアージを実行するだけの人たちがPTSDになったりする。人は、問題の解決が可能なのに助けられなかったことが辛いのではなく(そういう辛さもあるときにはあるだろうけど)、問題の解決が可能であろうと不可能であろうとただ助けられないというときに、そのことを直接に、辛く思う。だから、問題の解

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  • 思想の左右に関係なく「改正」に反対すべきである - モジモジ君のブログ。みたいな。

    教基法「改正」に反対の声を上げているのは主に左っぽい人たちなわけだが、しかし、この「改正」の問題点は左派的価値観にのみ関わりのあることではない。政治的立場を問わず一致して反対すべき問題点に絞って提示してみたい。 教育法「改正」を問う―愛国心・格差社会・憲法 作者: 大内裕和,高橋哲哉出版社/メーカー: 白澤社発売日: 2006/06メディア: 単行 クリック: 3回この商品を含むブログ (6件) を見る 参考資料はこの。前半が高橋哲哉&大内裕和の対談、後半が大内裕和氏による問題点の整理という構成。後半部を参考にしつつ論点を抽出する。 教育の目的の変更:「個人の価値」の尊重から国策としての人材育成へ 教育主体の変更:主権者から教育行政へ 新自由主義的理念へのシフト 平和憲法との切断、改憲への布石 1は愛国心、3は格差社会、4は憲法との関連で左派の関心を集めているところでもあり、あちこ

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