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朝ドラ「エール」古関裕而と妻金子の“意外な素顔”3選 駆け落ち寸前の失踪事件を…… | 文春オンライン
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朝ドラ「エール」古関裕而と妻金子の“意外な素顔”3選 駆け落ち寸前の失踪事件を…… | 文春オンライン
金子は、1959年元旦付の『日本証券新聞』でこう発言している。なんと彼女は戦後、「失敗はほとんどあり... 金子は、1959年元旦付の『日本証券新聞』でこう発言している。なんと彼女は戦後、「失敗はほとんどありません」と豪語するほど株取引にのめり込み、金融メディアで「百戦錬磨の利殖マダム」と呼ばれていたのである。 1960年代初頭には、各種の投資情報に目を通し、週4回のペースで山一證券の渋谷支店に通っていたという。「慾ばらないで、一応目標額に来たら、確実に利喰う」と運用法を披露し、「確実なものとしては東芝、三菱造船」などと有望株を紹介する姿は、まさに玄人はだしだった。 「百戦錬磨の利殖マダム」時代の金子。古関正裕氏提供。 もっとも、金子はもともと声楽家を目指していた。そのため、芸術にくらべて株など「なんとなく下俗」に思っていた時期もあった。だが、転がり込む利益の前に、そんな思いも吹き飛んでしまった。 だからこそ、ついにこんな発言まで飛び出した。 「自分が楽しんでいますこの頃では、“株は芸術なり”と

