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だから台湾を譲らず、日本を"小日本"と呼ぶ…習近平が政治利用する「中国5000年の歴史」の"最大の恥辱"とは
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だから台湾を譲らず、日本を"小日本"と呼ぶ…習近平が政治利用する「中国5000年の歴史」の"最大の恥辱"とは
習近平が最初に訪れた「意外な場所」 2012年11月、中国共産党第18回党大会で最高指導者の座についた習近... 習近平が最初に訪れた「意外な場所」 2012年11月、中国共産党第18回党大会で最高指導者の座についた習近平主席が、政治局常務委員7人とともに最初に向かった場所は、北京の国家博物館だった。 そこで開催されていたのは、「復興の道」と題された特別展示会である。この場所を選んだのは、決して偶然ではなかった。展示会場には、中国5000年の歴史が織りなす光と影が劇的に展開されていた。四大発明(紙、火薬、羅針盤、印刷術)に代表される輝かしい文明の遺産と、1840年のアヘン戦争以降の「恥辱ちじょくの近代史」が対比的に配置されている。西側諸国や日本との戦争での敗北、数多くの不平等条約の締結といった屈辱的な歴史が、豊富な史料、写真、文物によって生々しく再現されていた。 この場で習近平は、中国の未来を決定づける歴史的演説を行った。 「わが民族が近代以降受けてきた苦難と犠牲は信じられないほど甚大である。これは世

