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「国のデータ活用には信頼と実績がない」学習履歴のデジタル管理に"不信感"が漂う根本原因 監視するだけではないかという疑い
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「国のデータ活用には信頼と実績がない」学習履歴のデジタル管理に"不信感"が漂う根本原因 監視するだけではないかという疑い
なぜ炎上しつづけるのか 前回の記事「まだ始まってもいないのに…デジタル庁の『教育データ利活用』が大... なぜ炎上しつづけるのか 前回の記事「まだ始まってもいないのに…デジタル庁の『教育データ利活用』が大炎上してしまったワケ」で、デジタル庁の情報発信戦略のミスと、それによってできた国民とのコミュニケーションギャップについて指摘した。 しかし私がこのような状況説明をしたとしても、教育データ利活用に関する警戒感・不信感は簡単にはおさまらないだろう。 教育データ利活用ロードマップの公表、とくに最初のスライドに示される「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも学べる社会」については、省庁あるあるのスローガンなのであるが、個人が学びたいかどうかは、個人の自由であり、余計なお世話だと感じる人はいるかもしれない(私は正直そう思ってしまった)。 教育データ利活用のうち、とくに学習履歴の利用について強く警戒されるのは、大学入試改革の一環として2017年に開始されたものの2020年に運用中止となった主体性評価のため

