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「欧州初・日本のマンガ学校を開校」フランス語を話せない私が"立ち上げ隊長"になったワケ スタッフの反発、学生のクレーム…難問をどう解決したか
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「欧州初・日本のマンガ学校を開校」フランス語を話せない私が"立ち上げ隊長"になったワケ スタッフの反発、学生のクレーム…難問をどう解決したか
「何で私なのだろう……私じゃなくても良かったのではないかと悩みました。フランス語は全然話せなかった... 「何で私なのだろう……私じゃなくても良かったのではないかと悩みました。フランス語は全然話せなかったし、英語も本当に会話というレベルに及ばなくて。あの頃はもういっぱいいっぱいになっていたと思います」 馬渡さんが海外事業推進室へ配属されたのは前年、2014年のこと。社内公募で新しい業務への異動を希望したのがきっかけだった。 「こんなチャンスはないよ」社長直々の予想外の辞令 ヒューマンアカデミーに入社したのは2002年。新卒で配属されたのは総合学園ヒューマンアカデミー福岡校だった。そこで初めてマンガやゲームのカレッジに関する学生募集を担当したのがはじまりとなる。 「高校を卒業したての学生から社会人まで、学生の顔ぶれはさまざまで好きなことを仕事にしたいと一生懸命勉強している。自分の能力を磨いて巣立っていく姿を見ては、すごいなと感動していました」 学生の姿が励みとなり営業成績を上げていった馬渡さんは

