エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
「自分に正直であれ」性善説の経営・小林陽太郎の50年【2】
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
「自分に正直であれ」性善説の経営・小林陽太郎の50年【2】
――社員の誰もが個人プレーで動く、超個性派集団。草創期の富士ゼロックスはミンツバーグ教授が挙げるマ... ――社員の誰もが個人プレーで動く、超個性派集団。草創期の富士ゼロックスはミンツバーグ教授が挙げるマネジメントの三要素のうち、製品の性能のよさをベースに社員一人ひとりのクラフトで収益を上げる企業体だった。ただ、その手法が通用したのは高度成長が前提だった。 73年、日本を第一次オイルショックが襲う。景気は一気に減速。富士ゼロックスは74年度決算で初の減益を記録する。翌75年度も解約が続出。奈落の底に落ちるようにシェアは激減。存亡の危機に直面する中で副社長だった小林氏が決断したのはTQC(全社的品質管理)を導入し、マネジメントの舵をクラフトからサイエンスへと切ることだった。 【小林】なぜ、オイルショックの波をもろに食らったのか。レンタル制は裏返せば、いつでも返却できる仕組みです。ただそこには、性能がいいのだから、返却などあるはずないという自惚れやおごりがありました。ゼログラフィーの特許も順次期限

