エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント2件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
宝満山遺跡群の大規模遺構、大宰府の中心寺院跡か : 歴史と文化財 : ニュース特集 : 九州発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
太宰府市教委は4日、同市内山の「宝満山遺跡群」で発掘されていた大規模な遺構について、古都大宰府の... 太宰府市教委は4日、同市内山の「宝満山遺跡群」で発掘されていた大規模な遺構について、古都大宰府の中心的な役割を持つ寺院だった可能性が高まったと発表した。「宝満山での仏教の隆盛を知る上で貴重な遺構」と注目している。 遺構は、宝満山文化総合調査会の調査で1961年、平安時代の地層の上に構築された礎石建物であることが判明していた。1月19日からの第37次調査で、敷地面積が南北約32メートル、東西約24メートルで、礎石が南北約23メートル、東西約18メートルにわたって並んでいることが分かった。礎石は南北に8柱、東西に6柱だった。 古代の文献には▽竃門(かまど)山寺▽大山寺▽内山寺▽有智山寺――などの古代寺院が登場し、いずれも同じものだったとみられている。遺構が同市の「観世音寺講堂」に次ぐ規模であることなどから、市教委文化財課の高橋学・主任技師(36)は「名称の違いはあるが、文献にある寺院の可能性が
2010/02/10 リンク