『お言葉ですが…』別巻1 高島俊男を読了。 あとがきに高島先生げんきになったとある。ひとごとながらうれしい。また高島先生の本が読めますな。 むかしの職業がらびっくりしたのは「「水五訓」の謎」(p.37-55)。 この「水五訓」ってのは一見してわかるが水関係者にうけている通俗処世法なのだ。 この出所について回答した大きすぎる図書館のレファレンサーについてこんなふうに評している。 日ごろ文献の調査をやっているのだから、「水五訓」の本文を一目見れば、これはそんなに古いものじゃない、多分昭和の戦後、よほどさかのぼっても昭和前期が限度だとわかるはずだ。それでも、黒田如水か王陽明か、と問われれば黒田如水関係の文献や王陽明関係の文献を入念に調査するのですね。百パーセント無駄と知りつつ――。むなしいことだ。 まぁ、レファレンスってーのは、聞かれたら答えるという図式でしか動かんからねぇ。そこが学者とちがう。
文化審議会の漢字小委員会が、昭和56年に制定された常用漢字表(1945字)の改定作業を進めている。パソコンなどの変換ソフトで「読み」さえ分かればJIS漢字(6355字)のすべてを使える現状に対し、常用漢字表が“時代遅れ”になっているのが見直しの理由だ。平成22年の改定に向け、漢字は何を基準にどう絞り込まれ、どんな議論がなされているのだろうか。(社会部 鵜野光博) ◇ 漢字小委が常用漢字表に新たに加える候補の第1次素案を公表した5月12日、同委の会合では、追加が濃厚の「S」ランク扱いされた「俺(おれ)」について、賛否が分かれた。 「公的な場面での使用を意識した常用漢字表に、極めて私的な場面で使う『俺』まで入れる必要はない、という意見がワーキンググループで出ている」「私的な漢字はほかの常用漢字にもある。筒井康隆の小説の一人称は『俺』で、男性が心の中で自分
太平洋戦争が始まる直前の1941年10月に制作されたのがこの「POST-WAR NEW WORLD MAP」。内容は、第二次世界大戦後の世界がどうなるのか描いたもので、フィラデルフィアの地図職人モーリス・ゴンバーグが1942年にカラー印刷して店に張り出していたもの。ヘレン・サマーズという人が地図の意義を認めて数枚購入し、現在も最初に印刷されたもののうち一枚がワシントンD.C.の連邦議会図書館に一つ所蔵されているそうです。 地図には詳細に計画が書き込まれており、下側には新世界秩序(New World Order)のための米国の政策などが含まれていますが、計画の一次資料は見つかっていません。 いったい、戦後世界はどのように計画されていたのか、詳細は以下から。 まず、全体はコレ。青い色で塗られている部分はアメリカとその保護国、ピンク色はソビエト連邦です。 北米はアメリカ一色。カナダ、メキシコや中
インターネット上の掲示板「2ちゃんねる」で反響を呼んだプログラマーの物語が今月27日、新潮社から「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」のタイトルで刊行される。雇用が不安定になり、小林多喜二の「蟹工船」が若者に受ける中、過酷な労働状況や、働く意味を問いかけるネット発の“文学”として注目を集めそうだ。 この物語は、昨年11月から12月にかけ、「2ちゃんねる」に書き込まれた。地方都市で働く男性が、プログラマーとして入社した当時の激務体験を振り返ったもの。高校中退後、10年近くニートだった主人公の「マ男」が、母の死をきっかけに就職したが、その会社は責任感のない上司や、無能な同僚がいる「ブラック会社」(問題企業)だった。納期に向けて残業を繰り返す「デスマ(デスマーチ)」と表現される激務をこなし、優秀な先輩に励まされながら、元ニートの「マ男」は少しずつ社会性を身につけていく。 当初
「おめでとうございました」という言いかたはおかしいという意見がある。わたしはおかしいとは思わない。たぶん、「た」という助詞が英語でいうところの過去時制の意味、つまり「過去に起きたこと(でいま現在とは関係ないこと)」を連想させるので、おめでたいことに「た」を使っては拙い、つまり、結婚式の忌詞のように一種の作法としてよろしくないということなのだろう。それはそれで 1 つの見識だと思う。 実際には「た」は必ずしも過去のことを意味するわけではないし、「おめでとうございました」の「た」も過去の意味ではないとわたしは思っている。 When the LED glows, press the button once. こういう英文を「LEDが点灯したら、ボタンを 1 回押してください」と訳すことがある。この場合の「た」は、もちろん過去のことではない。 これに似た文を訳すときに、たとえば「LED が点灯した
「音楽のパイオニアで、独特なスタイルを生み出した伝説的存在だった。一緒に演奏した時は楽しかったなあ。ファンはさぞかし悲しむだろう。でも彼の伝説は永遠に生き続けるんだ」(B.B.キング) 「マディ・ウォーターズやチャック・ベリーに近いが、ディドリーは危なっかしいほどに魅力的だ。そこにはアフリカの香りがする。挑発的で、われわれが今愛している音楽はミシシッピ以外の他の場所から来たんだと言いたげだ」(キース・リチャーズ) 「俺が好きになったバンドはみんなボ・ディドリーが好きだった。ボを聴いてみた。その日からルーツ・ミュージックへの長い旅が始まったんだ」(俺) 「たくさんのバンドが俺の曲をカバーした。でもそのカネはどこにいったんだ?俺のところには来ちゃいないぜ」(ボ・ディドリー) 「Desire / U2」
できたてホカホカ~のドラ焼きを受け取ったサラリーマンが、嬉しそうに「まふー」と、かぶりついていた。 観察していると、女性は、貰ってすぐには食べていなかった。照れくさそうにハンカチなんかで包んで、とりあえず移動していく。 でも男性は、受け取ったら、いきなりパクッ。 背広とネクタイ、片手にドラ焼き、食べ歩き、笑顔。 他ではちょっと見られない光景だな、と思いながら眺めていた。 これは、私が先日見学しに行った、FOOMA JAPAN 2008(食品機械工業会が主催する、食品機械・機器関連の見本市)での光景。会場は東京ビッグサイト。 基本、食品業界の方向けだけれども、一般人でも入れるイベントだ。 異業種の見本市は、やたらと楽しい。異業種といえど、自分の生活とどこか繋がっている場合も多いしー。 そういうのをボンヤリ見学させて頂いていると、思うところが多いのだ。 (text by 大塚 幸代) ■機械は
中央公論新社創業120周年記念出版の『哲学の歴史』全12巻+別巻1の本篇が完結した。 管見では従来、日本語で書かれた哲学史のまとまった通史的叢書というと、『思想の歴史』(全11巻、平凡社、1965-66、ISBN:B000JBCOIG)くらいしか見当たらなかった。同叢書は「哲学」ではなく「思想」と銘打ち、中国、インドなども視野に入れている(本エントリー末尾に全巻構成を記した)。これはこれで便利なのだけれど、1960年代に刊行されたものだけに、当然のことながらその後半世紀の思想史やその間の研究動向はフォローされていない。そういう意味でも、古代から現在までをカヴァーしたこのたびの中央公論社版哲学史叢書は、まことにありがたい企画。 なにしろたっぷり12巻を費やして、おおむね1章ごとに1人の哲学者(ときに複数)の概説を掲載してあり、全巻の目次を通読するだけでも、哲学史の大きなうねりが見えてくる。各
「心の理論」仮説と『哲学探究』 アスペルガー症候群[から/を]見たウィトゲンシュタイン 福本 修 fukumoto@JapanGlobe.net I. 小論で私は、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインLudwig Wittgenstein(1889-1951)の哲学的思索が高機能(アスペルガー型)自閉症者の経験構造の表現となっている(「示している」)ことを読むとともに、それが彼にとって極めてリアルであって、彼自身が自閉症的な様態に親和性のあることを論じたい。ここでの自閉症的経験構造一般の理解は、さまざまな仮説がある中で、障害を認知的な角度から見ようとする「自閉症者の『心の理論』欠損仮説」に基づいている。言い換えれば、焦点は記述精神病理学的な症状論の水準にないので、本格的な自閉症の症状が彼に乏しいことは、この方向で考察を進める妨げとな
(昨日のつづき) しゃべれなくなっていたわたしに、疑問をうやむやにせずに声に出す勇気をくれた先生がいる。 うなずけない瞬間を大事にしろ、とその人は教えた。 そういうことを言うのはそんなにむずかしくないけど、それを本当に生徒にさせる先生となると、日本で出会うことは少ない。 英語教育で著名な先生で、心理言語学に言語獲得と言語理解の大きな二つの研究テーマがある内の、言語獲得研究を特に専門にやってこられた方だ。 毎回、その先生の授業が終わるとかなりの疲労を感じた。普段使わない知力を使ったからだろう。 考え抜く、ということをどの場面においても、生徒に要求する先生だった。 中途半端な気持ちでは、泣かされる。 ある学生には「納得いくまで、ちゃんと苦しみなさい」と言っていた。 「ちゃんと苦しみなさい」って言ってくれる大人って、あんまりいない。 まぁ、わたしが一番泣かされたのはメールで「授業にたいして準備不
アナログ博物館 ■ 印刷ハンドブック--活版整版技術編-- (著者:東京都印刷工業組合)抜粋 ◇はじめに ○鋳造機の機能と特徴 (1)手動鋳造機を理解する (2)自動鋳造機を理解する (3)自動鋳植機を理解する (4)インテル鋳造機を理解する (5)その他の鋳造機を理解する ○母型 (1)電胎母型を理解する (2)彫刻母型を理解する (3)パンチ母型を理解する ■ 続・レタッチ技術手帖 (著者:坂本恵一)抜粋 ◇第三の目--はじめに ◇発刊の言葉 ○人工着色と技術革新 ・スキャナ時代に生きる湿版レタッチの技術 ・40年間咲き続けた湿板法という名の花 ・フィルターを頭脳に内臓していたレタッチマン ・描版は近代レタッチのルーツ ・ミフネの人相変わる--レタッチマンの泣き笑い ○湿板レタッチマンのセンス
ドメインウェブの設定が見つかりません 考えられる原因 ドメインウェブの設定がまだ行われていない。 ドメインウェブの設定がまだ反映されていない。(反映には数時間~24時間かかることがあります) ドメインウェブ・DNSの設定が誤っている。 アカウントが存在しない、契約が終了している、削除されている。
あんまり纏まってません。 推測としては、 連載1回ページ数を多く取るためと一話完結型が好まれる事から、中綴じではページ数が足りなくなるため 読み捨てという概念が薄いので、その1冊での完結度・満足度を上げるため あたりかなあ、と。 いえね、調べてみると20年くらい昔にはあったんですよ。LaLaの別冊とか。 でも、今は女性向け漫画雑誌で中綴じ*1ってまったく無いんですよ。ぜーんぶ平綴じ。 こちらの記事を読んで一寸気になったんですよ。 マンガ雑誌の発行サイクル: 漫棚通信ブログ版 マンガの中でも、少女マンガ系は早々に週刊サイクルから撤退してしまいました。 理由の第一は雑誌売り上げの問題なのでしょうが、制作側にも「少女マンガ」の量産はきびしい、という理由があったのかどうか。 いずれにしても、再度少女マンガ週刊誌が登場することは、ないと思います。 ここで「量産」という言葉が出されてるんですが、漫画家
韓国観光公社は、英語ホームページのレストラン紹介欄でユファンオリを「sulfur duck」と翻訳していた。ユファンオリが「硫黄入りの飼料を食べさせたアヒルの料理」であることを勘案すると、「sulfur duck」では、毒劇物の硫黄が混じった料理と解釈されかねない。 出入り口に大きなメニュー表を出しているソウル仁寺洞のある食堂。30日昼、この食堂の前を通りがかった米国人女性ミナ・モバレツさんに「コンビジチゲ」の英語メニューを読んでもらった。「bean curd refuse stew. refuse(拒否する)というのは何?」。彼女は「どんな料理なのか分からない」と困った表情を浮かべた。「refuse」は動詞として使う場合は「リフューズ」と発音し、「拒否する」という意味になるが、名詞の場合は「リフュース」と発音し、「かす、がらくた」という意味になる。豆腐作りで残ったおからのことをbean
(第74号、通巻94号) 「意外に」と「意外と」の違い――前回のテーマは、内容が地味なのに加えて書き方もくどくなってしまったので、注目度が落ちるとハナから思い込んでいたら、まったくの読み違いだった。先週水曜日の更新初日からアクセスが “殺到”し、1日のpv(ページビュー)が1000カウントを超えたのである。寄せられた感想、意見の中には興味深い問題提起もあった。今号は、それらの声を参考に新しい知見も加えて「意外」続編としたい。 言葉は光の当て方によって多様に反射する。今回の反射光の中でひときわ異彩を放っていたのは、‘tinuyama’さんからのブックマークコメントだ。それは、「『ぴかぴかに磨く』の『に(結果)』と、『ぴかぴかと光る』の『と(過程)』のような使い分けがあるのではないか」《注1》という意表をつく指摘だった。 たしかに、『明鏡国語辞典』(大修館書店)の「と」の項には、「『に』は、結
前回はスピリチュアルについて書いたが、「私らしさ」「個性」の希求や「自分探し」などについて言及するのを忘れた。増補の機会に盛り込みたい。今回は家族についての増補改訂版であり、第1版と認識が変わっているところもある。かなり長いので、注意されたし。 家族の多様化と個人化 家族に関する神話として、いわゆる「核家族化」が挙げられる。三世代以上が同居する大家族が減ったというのである。確かに、日本の家族全体に対する拡大世帯の割合は、戦後を通じて減っている。だが、世帯の数そのものは大して変わっていない。一方、核家族の数は増えているものの、全体に対する割合としては6割前後をキープして動かない(図「核家族率と世帯類型別世帯数および平均世帯規模」落合〔2004〕、81頁)。したがって、「核家族が増えた」とか「核家族化の進行」などといった指摘は、間違いとまでは言えないにせよ、かなりの留保を要する*1。 また、核
最近、10歳ほど年下の男子から「いかにも文学少女」と評された。“少女”という響きもさることながら、ズバリ本性を指摘されたことに軽いショックを覚えた。幼い頃からファンタジックな物語を読み耽り、算数や理科は大の苦手。中学受験のときにすでに自分は理系ではないと思っていたほどの筋金入りの文系人間である。 物心ついてこのかた文系街道まっしぐら。だが、ここにきてなぜか理系読みものに興味津々である。かつては苦手でも、大人になったいまならわかるかも……という淡い期待を抱いているせいかもしれない。しかも自分と似たような人間が多いのか、昨今は「文系頭にもわかる理系もの」が書店を賑わしている。 数多ある理系もののなかで、まずはやっぱり数字から。そう思って読み始めたのが本書である。『数学でつまずくのはなぜか』(小島寛之著、講談社現代新書)でもなく、『いちばんさいしょの算数』(橋本治著、ちくまプリマー新書)でもなく
母と娘のねじくれた絆 母親との関係をテーマに、30〜40代の女性にインタビューしたことがある。一人一人が、これほどたくさんの矛盾する言葉を口にした取材は後にも先にもこの時だけだ。愛と嫌悪、尊敬と恨み、感謝と怒り――。 自分の母のようになるのがイヤだから子供を産みたくないと、強い口調で言った人がいる。同じ人が、インタビューが終わる頃には、母のように完璧(かんぺき)な子育てをする自信がないと洩(も)らした。 夫より子供より母の方が好きだったという主婦は、母が死んだ時、遺体にすがって「私もお棺に入る!」と叫んだ。しかしその後、気がつくと生前の母が嫌がったことをすべてやっていたという。車の運転を習い、ミニスカートをはき、専業主婦をやめて職についた。「母という重しがとれ、自分でもとまどうほどの解放感がありました」 母を憎んでいる人も、愛している人も、みんな母が重たいのだった。 『シズコさん』は、70
→紀伊國屋書店で購入 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。 「日本は、とんでもない世界に踏み込んでしまった!」というのが、最初の読後感だった。その「とんでもない」ことに日本が気づかなかったことが、イスラーム教徒にたいする政策の失敗であったということができるだろう。日本軍が「満洲国、蒙疆政権に次ぐ親日的なイスラーム国家をつくることを目標にして」、工作活動をおこなっていた「満洲、内モンゴルから寧夏、甘粛といった西北地方」は、ソ連や中国が手を焼いていた地域である。事実、「一九三六-一九三七年当時の中国におけるイスラーム教徒は、主として中国の西北四省に集中して居住しており、これらの省は、いずれも中央政府の命令が及ばない、半独立の体制のもとにあった」。「すなわち、新疆にあっては盛世才がソ連の協力関係をも
id:y_arimさんのぶくまなんだけど⇒そういえば - finalventの日記 [blog][blogger][finalvent][web][communication][comment] ぼくは逆に、たまには自分のブログも炎上しないとつまらん。ストレスたまるけど、「おお、来たぞバカと気違いが。さあどうやって殴るかな」とゾクゾクするんだよ。そんなバカと気違いを愛しているのでコメント欄存置 : はてなブックマーク - Walk Out to the World Tower / 2008年06月04日 人がいろんな意見を持つことはいいのだけど。 まず、私はコメント欄を廃止しなさいというのではないよ。梅田さんが指摘されたようにそれはとても有益なものだ。だが、野放図に使える時代はもう終わったよということ。多少の不便をかけてコメント欄を承認制にしなさい。そうでないなら、「死ね」といったコメント
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ところで、ちょっと前に買った本のなかのお気に入りが、 発掘カラー写真 昭和30年代バス黄金時代なる、昔のバスの写真集。 ふーん、バスの写真集か、と思われがちですが、 僕がこの本を買った理由は、昔のバスを見るというだけでなく、 「写真がおそろしくリアル」である事でした。 どういう意味かといいますと、この本に展開されている世界は、 まさに、いま、目の前に広がる昭和30年代そのものなのです。 そういう意味での「リアル」。その場にいるかのような感覚。 圧倒的な「本来の色」。 しかもそれは映画やCGではない、その当時のほんとうの時代を切り取ったもの。 昔日の写真は幾多ある。 でもだいたいは白黒で、カラーでも色あせ、「セピア」調。 だから、その当時の世界も、セピアな世界の中にあったと思ってしまう。 当時を再現した映画などでも、ノスタルジーを出すために、わざと色を変えていたりする。 でも、よく考えると(
“プロなら知っておきたいデザイン・印刷・紙・加工の実践情報誌”『デザインのひきだし』5号が発売されました!(amazonのデータを見ると6月9日発売になっているので、店頭に並ぶまでもう少しかかるかも。すみません) 第一特集は「凸凹な印刷・紙・加工テクニック」ということで、今回も濃い! 濃いです! 毎度のことですが表紙の加工からしてすごい! 彫刻版による箔+エンボス加工がふんだんに施されています。これは写真ではよくわからないですよ〜。ぜひ書店で実物をご覧ください。もちろん中にも印刷・紙・加工見本がたっぷり綴じ込まれています。いやー、本当にすごい。 ……興奮してすっかり本題に入るのを忘れてしまいましたが(自分は関わっていないのに、特集のあまりの濃さについ興奮……)、この5号から「名工の肖像」という新連載をスタートしました。 本作り・もの作りの現場には、多くの職人が携わっている。 その道数十年、
錦見鋳造株式会社 魔法のフライパン等の販売。炭の効果で「うまい・はやい・うまい」
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