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ブックマーク / finalvent.cocolog-nifty.com (590)

  • バングラデシュのビル倒壊とグローバリゼーション: 極東ブログ

    先月24日、バングラデシュの首都ダッカの近郊で、縫製工場が入居する8階建てビルが倒壊し、そこで働いていた労働者を中心に多数の死者が出た。こうした事故では救助の限界から日を追うにつれて死者数が増える。7日までに2400人が救助されたものの、死者は900人を越えた(参照)。 ビル倒壊による事故は途上国ではそう珍しいことではない。韓国でも1995年6月29日、ソウル特別市瑞草区の三豊百貨店が突然倒壊し、死者502人を出したことがある。この事件でもビル建設の問題が指摘されたが、今回のバングラデシュのビル倒壊でも、現地では倒壊の危険がある程度予想されていたらしく、バングラデシュ警察は危険性を知りながら労務させた責任者を逮捕し、取り調べている。 この事件の報道が日に比べ、欧米で大きく取り上げられているのは、途上国にありがちな問題として矮小化されないからである。どのように問題となっているか。 なお、日

  • finalvent著『考える生き方 』に書かなかった「あとがき」のことなど: 極東ブログ

    ちょっと勘違いしていた。明日、13日に掲載されるはずと思っていた、finalvent著『考える生き方』の「あとがき」的な話が、今朝、ダイヤモンドオンラインに掲載されていた(参照)。先日、同書の「はじめに」をここで公開したのが第一回となり、今回のは第二回となっている。これでおしまいで、第三回はない。 今回の話は、ダイヤモンド社の小冊子「KEI」に寄稿したもので、『考える生き方』を脱稿してからしばらくして、書籍紹介を目的に書いたものだ。話は、紹介的な内容に加え、脱稿後だったので謝辞的な思いも入ってしまったが、特に目新しい内容は含まれていない。なお、小冊子「KEI」については、PDFでの配布があるとも聞いている。 自分もそうだが、書籍を買うときは、「はじめに」と「あとがき」をさっと読む。特に「あとがき」を読むと、書籍の概要がわかることが多い。書評家なども、あとがきをさらっと読んで書くものではない

  • 『考える生き方』に書かなかったブログ論の一部: 極東ブログ

    今回出版した自著『考える生き方』(参照)は、当初、現在の書籍のコンセプトと少し違って、ブロガーなのでブログ論のような部分から始まっていた。まあ、finalventというのはブロガーだしね、ということでもある。 基テーマは、「ブログを通して自分が市民である意味を考える」ということだった。 この市民というのは、具体的には、私の理解では、普通の人ということである。普通の人がどう市民として生きるのか。 当初はこれを原理論的な枠組みで考えていた。が、途中、「で、それって自分が語りかけたい人に通じるの?」という疑問がわいてきた。ブログとは違うだろう。 こんな堅苦しいブログみたいなことをで書いても、意味ない。 なら、もっと広い層にまで通じるように書きたい。 それと実際のところ、ブロガーとしての自分を普通の人、市民の一例の人生として見たとき、もっと、見やすい構図のほうがいいのではないかと思うように

    funaki_naoto
    funaki_naoto 2013/02/26
    「正義を語ることは、一種の罠/答えではなく、問いを出すこと/書く人と読む人が同じ場所にいることが原点になる」
  • 「さとうきび畑」の歌は、本土側の「沖縄幻想」だったか?: 極東ブログ

    この話は、『考える生き方』(参照)に書かなかった沖縄の話の一部です。というか、途中で削除しました。理由は、単に書籍に取り込む話題のバランスのためでした。つまり、ページ数との関係で沖縄の話の比重が重すぎるのもどうかなということでした。 「さとうきび畑」の歌の風景 土復帰の前、土側で沖縄を思ってよく歌われた歌に「さとうきび畑」がある。 「ざわわ、ざわわ」というフレーズが繰り替えされ、広大なさとうきび畑に風が抜けていくようすが印象的だ。歌には、海の向こうから戦争がやってきて、鉄の雨に打たれうたれて父は死んでいったというストーリーが盛り込まれている。土では当然ながら、これは沖縄戦を示していると普通に理解される。 そして沖縄でもそう理解され、この歌が歌われていると思っている。 たしかに、現代の沖縄ではそのように理解されている。 歌われていないとは言えない。 だが、私が暮らし始めた1995年頃、

  • 「予約しました」とのお答え、ありがとうございました。: 極東ブログ

    明日が出版日となる自著の話を、昨日のブログに書いたところ、予約しましたとの言葉を多数いただき、ありがとうございました。 こんなに反響があるなんて、びっくりしました。 を書くからには売れないと困るけど(というかご迷惑かけそう)、無名の人の自分語りのがそんなに売れるわけもないだろうし、これから、「つまらなかったぜ」といったご批判もいろいろいただくのだろうかと、びくびくしてます。っていうか、恐縮して、ちっこくなって、アングリーバードのRIOとかしてました。あと、Kindle化について問われましたが、意外と著者からよくわからないものです。 著者名は"finalvent"としました。パソコン通信時代のノリでブログも英文字のハンドル名にしてきたのだけど、ブログの時代になると、匿名だ、とか言われてきたわけです。ですが、こうしてになると、普通にペンネームですね。後からそこに気がついて、ちょっとほっと

  • [書籍]本を書きました。『考える生き方』(finalvent著): 極東ブログ

    冗談みたいなんですが、ええと、を書きました。『考える生き方』(参照)。アマゾンを見ると、明後日、2月21日に発売となっています。 自分のところには数日前に見が来て、「ああ、になったんだ」と感慨深かったのだけど、いま発売日を確認したら、もう明後日なんだと驚いた次第です。 内容は、あれです、ネットで嫌われる「自分語り」というやつです。 なので、ネットでするのもなにかなとにした……というほどではないのですが、いろいろ考えたのですが、ネットで書くより、で書いたほうが読んでもらえるような気がしたというのはあります。 有料プラットフォームcakesで書いている「新しい古典を読む」の書評を続けていても思ったのだけど、cakesもネットではあるけど、有料なので読みたいという人が読むことになります。すると、読む人の数は減ってしまうし、簡単な一言コメントみたいなものも少なくなりますが、その分、深く読

  • コロッケそばの味わい: 極東ブログ

    世の中には、ふと立ち止まって考えると、何だ、それと思えるようなべ物がある。例えば、白子の天ぷら。もちっとして味わい深い。ポン酢がよろしいかと。しかし、ただね、なんというのか、小学生には説明しづらい。あれはなあ。 視野を広げると、バロット。孵化直前のアヒルの卵を加熱した……肉? ゆで卵? 一生のうち一度はべてみたいものの対極にあるもので、死ぬまでにべずにすまされれば幸せという感じだが、私は一度夢でった。私は夢に味覚がある人なんでじっくりと味わい、その感も堪能した。首骨がやわらかくてこりっと。うぁああ、すげー悪夢。 そういう変なものではなく、ごくありきたりな材だが、何だ、それと人生に問いかけてくるべ物と言えば、コロッケそばであろう。コロッケ。わかりますよね。そばもわかる。一杯のかけそばのうえにコロッケが載っているあれ。普通のそば屋には置いてない一品。駅そばならではの特製キュジーヌ

  • ロシア正教の現代の動き: 極東ブログ

    たまたまニュースを見ていたら産経系「海外ロシア正教会、国総主教と初会談 80年ぶりの和解へ一歩」(参照)が面白かった。海外に分散するロシア正教会がロシア内の正教会組織と和解を始めたというのだ。と、書いてみて面白いと感じる人はもしかすると少ないのかもしれないなとも思った。 私の感じでは、ロシアとは正教と分けて考えることができないものだ(もう少しいうと米国のロシア文化はユダヤ文化の側面も強いのだが)。ロシアがソ連となっても、世界に散らばったロシア人は正教をもとにロシア人であることを捨てることはなかったし、むしろ、19世紀的な骨格を持つその知識人たちは欧米化する現代文化に戸惑いも隠せなかった、と思う。 先日、NHKでたしか「ラフマニノフ・メモリーズ」という番組を見て面白かったのだが、ラフマニノフのロシアへの思いが切々と綴られていた。あの感じは、もしかするとわかる人にしかわからないのかもしれな

  • 放射性炭素年代測定が適用できない現代は未来の歴史から消える: 極東ブログ

    考古学のニュースなどで遺物が何千年前のものといった年代推定が出されることがある。この推定によく使われているのが、放射性炭素年代測定である。遺物に含まれている放射性炭素の比率を計測することで、その年代が推定できる。ところが、『10万年の未来地球史 気候、地形、生命はどうなるか?』(参照)というを読んだら、これが今後は怪しくなりそうなことが書いてあった。 現代という時代の物が将来遺物として発見されたとき、放射性炭素年代測定で測定できなくなるかもしれないというのだ。 ほんとかなあという印象も持つし、該当の説明である「5章未来の化石」を読むとちょっと誇張しているきらいもあるようにも思うが、このの著者はそのスジの専門家でもあり、あながちめちゃくな話というのでもないだろう。 その結果、私たちの未来はどうなるかというと、これが面白い。 私たちが生きている間に生み出された文明の遺産を追跡する未来の科学

  • [書評]カウントダウン・メルトダウン(船橋洋一): 極東ブログ

    上下巻に分かれた大部「カウントダウン・メルトダウン」(上参照・下参照)は、元朝日新聞社主筆の船橋洋一による福島第一原発事故のドキュメンタリーなので、てっきり朝日新聞社の刊行と思ったら、文藝春秋によるものだった。その点は意外感があった。 なぜ船橋洋一が福島第一原発事故を扱うのかという点には違和感はない。彼は2010年に朝日新聞社を退職した後、一般財団法人日再建イニシアティブを設立して理事長となっていて、その下に彼自身が設立した福島原発事故独立検証委員会、通称「民間事故調」でそのプログラムディレクターとなっていたからだ。その意味で、これは「民間事故調」をプレーンな船橋洋一の文体で書き直したものだろうという予想は付いた。 実際、読んでみると、悪い意味ではなく、予想通りの作品である。さすが船橋さん、読みやすく、わかりやすく、そして、かなり公平に書かれている。なんで朝日新聞じゃないのだろうとここで

  • [書評]昭和という時代を生きて(氏家齊一郎・語り、塩野米松・編): 極東ブログ

    「痛快無比」という懐かしい言葉が、読みながら心に浮かぶ。昭和という歴史が眼前に躍動してくる。何度も思わず感嘆の声が漏れる。面白い。「昭和という時代を生きて」(参照)は、事実上、氏家齊一郎の自伝である。塩野米松がインタビューアーとなって書籍にまとめたものだ。 氏家は偉人ではない。読売新聞グループ総帥・渡邉恒雄の親友という点からすれば、ヒール(悪玉)と見る人がいても不思議ではないくらいだ。いち新聞記者から、事実上の政商にのし上がったその経歴は、自民党政治とも一体化している。とてもではないが理想とはほど遠い。河野一郎や中曽根康弘との交流は胡散臭いし、児玉誉士夫や田中角栄との関わりは昭和の暗部を覗き込むようなスリルがある。 ヒールの側面を感じさせながら、氏家は若き日に渡邉に誘われて共産党に入ったように、共産主義への理想も理解していた。カストロの友人であり、ホーチミンの友人でもあった。私は知らずにい

  • [書評]中の人などいない @NHK広報のツイートはなぜユルい?(NHK_PR1号): 極東ブログ

    ツイッターについて自分なりに読んできたのなかでは、「中の人などいない @NHK広報のツイートはなぜユルい?(NHK_PR1号)」(参照)が一番面白かったと思った。 ツイッターというものの、その生態の質的な一面がこれだけきっちり書かれたはなかったようにも思う。結果的ではあるが、東北震災や福一事故を挟んだツイッター史としても重要な書籍になっている。そういう面では意外に軽いではない。いや、読書としては軽く読めるが。 NHK_PR1号さんがただ者ではない理由もわかる。いきなり結論めいたことをいうと、ツイッターは「バカ発見機」とも言われる面の対極に、とても優れた人を見つける仕組みでもある。NHK_PR1号さんのツイートを読みながら、「ゆるい」「いじられキャラ」としての楽しみのなかで、多くの人が実は、新しい日社会のなかで、どう言葉を使ってどう関わるべきかを学んでいる。これはすごいことなのだ。

  • ようやく来るか、不機嫌な時代: 極東ブログ

    2013年、明けましておめでとうございます。 こないだ2000年になったと思ったら、もう13年。早いもんです。雲取山登山の御一行は意外なご来光が拝めたでしょうか。 私はというと、昨晩は紅白歌合戦を見ながら、ツイッターに浸ってました。一昨年あたりからの吉例なんですよ。うざいツイートでご迷惑をかけました。 さてさて。 昨晩はなんとなく寝つかれず、ぐだぐだした元旦となり、ぼけっーと書棚を見たら、ピーター・タスカ『JAPAN2020 不機嫌な時代』があり、ふと手に取り、なんとなく読んでいた。2020年まであと7年かあとも思ったので。 奥付を見ると1997年1月20日に出版されただから、このも16年前になるか。16年前に出された25年後の日の予測の。そして予測の期限でいうと、残り三分の一を切ったくらいか。どのくらい当たっているか。 それにしても、時代の速さにちょっとびっくりしないでもない。

  • [書評]α版 『ご冗談でしょう、ファインマンさん』: 極東ブログ

    cakesの連載書評8回として今日『ご冗談でしょう、ファインマンさん』が掲載された(参照)。 この機に同書以外のや彼の時代のなどもいくつか読み、原爆開発の歴史も含めて、いろいろ考えさせられた。そうした思いをうまくまとめることができるのか、書きだしてみると意外に難しいものだった。考えている時点の注目面が前に出てしまう。小林秀雄ではないが、書かないと考えは見えてこないものだということでもあり、何か書いてみるなかで、一つの観点でまとめたのが、このα版の原稿である。が、ボツとした。編集部からのダメ出しではなかった。書いてみてからこれは違うという違和感に苦しめられ、現在の掲載原稿に改めた。 そんなもん公開するなよというのも道理ではあるが、メイキング映像ならぬメイキングcakes書評の舞台裏の一コマとして、ご愛敬くらいに受け取ってほしい。無料のブログを書くことがご愛敬というつもりはなく、有料対無料

  • [書籍]野口英世とメリー・ダージス―明治・大正偉人たちの国際結婚(飯沼信子): 極東ブログ

    鈴木大拙とそのベアトリス・レイン(Beatrice Lane)について、戦前日の神智学関連の文脈で知りたいと思っていたところ、書「野口英世とメリー・ダージス―明治・大正偉人たちの国際結婚」(参照)に関連の情報があるらしいと知り、読んでみた。結論から言うとその面ではさしたる情報はなかったが、鈴木夫の話はそれなりに興味深いものだった。 書表題からは、野口英世とそのメリー・ダージスが強調されているが、他に、高峰譲吉、松平忠厚、長井長義についてそれぞれ章が当てられ、オムニバス的な軽い読み物になっている。メインとなる野口英世と高峰譲吉については、著者・飯沼信子による別書もそれぞれあり、書ではその概要といった印象も受ける。自分もこの年齢になってみると、こうした人々のことを調べ直すのは感慨深い。 うかつにも知らなかったのだが、高峰譲吉については2010年に「さくら、さくら ~サムライ化学者

  • [書評]ただ坐る 生きる自信が湧く 一日15分坐禅(ネルケ無方): 極東ブログ

    ネルケ無方さんの名前をよく見かけるようになった。アマゾンを見たらけっこうも出されている。外人さんで禅に入れ込むというのは、けっこうよくある話だからなとあまり関心ももたなかった。いや、この「外人さん」という言い方も差別的でひどもんだなとは思うが「外国人」とも違った微妙に親しみの含みがあって難しい。もう少し言うなら、日人以上に日を熟知する外国人が出現してきたことの含意もないわけではない。 いすれにせよ、外国人や知識人が関心をもつ禅、あるいはメディアや書籍とかで著名な禅のお坊さんの説教などは、道元を敬愛する私にしては、もうどうでもいい存在である。ところがどうも、ネルケさん、道元の徒らしい。え?と思った。いやそう思うことがまったくもって失礼な話なのだが、あの正法眼蔵の正法の禅を理解する外人さんがいるのか、いやいるのだろう、という予感がして、まず一つ、わかりやすく坐禅の話を読んでみた。 率直に

  • [書評]93歳・現役漫画家。病気だらけをいっそ楽しむ50の長寿法(やなせたかし): 極東ブログ

    いつまで生きているんだろ。自分のことである。十代のころ20歳まで生きないよなと思っていた。生きていた。それでも20代には40歳になる自分なんか想像つかなかった。あっさり越えた。しかたないんで50歳まで生きられないだろうなと延長した。実際、もう死ぬかもぉとも思ったが、まだ生きている。ブログ書くようになってから、よく死ねばいいのにみたいなお言葉もいただくくようなった。それって長寿効果があるのかもしれない。最近、輿石東先生や石原慎太郎を見ていてそう思うんだ。 先のことはわからない。もしかしたら、60歳過ぎても生きているどころか親父の享年もするっと越えて65歳とか70歳とかまで生きているんじゃないだろうか。80歳……90歳……逆にそれもホラーにも思える。ホラーマン。そういえば、と93歳のやなせたかしの「93歳・現役漫画家。病気だらけをいっそ楽しむ50の長寿法」(参照)を読んだ。 はっきりいうと、ス

  • [書評]ムツゴロウ4部作: 極東ブログ

    動物おじさんとして有名なムツゴロウさん、つまり畑正憲さんには、不思議な陰影というか、いわゆるペット愛好の人とも、また動物研究家とも違うなにかを私は感じた。その関心から彼のを読んだことがある。 最初は、マンボウシリーズの北杜夫さんを真似ている部分があるのだろうと思った。実際は真似ということはないが、ムツゴロウさんとしては北杜夫さんを文筆活動の一つの目標としていた時期がある。両者とも軽くユーモアなタッチの奥に深い人間洞察を秘めている。北杜夫についてはある意味、文学の血脈とでもいうのか、その父から、そしてその娘さんまでけっこう気になって追ってきた。ムツゴロウさんについてはいわゆる文学的な視点とは違うものを感じて、追跡が難しかった。 北杜夫と畑正憲の違いは、北の「どくとるマンボウ青春記」(参照)と畑の「ムツゴロウの青春記」(参照)の両書を読むだけで、心のそこにずんと来る響きに違いがあることがわか

  • 家族を規定したのが「なるちゃん憲法」: 極東ブログ

    先日家族史関連の与太話を書いたおり、古代や中世にも家族はあったみたいな反論を貰うかなとは予想していた。だって奈良時代に戸籍があるじゃないのとか、貴族や名家には父母がいるではないかみたいな。古代の戸籍についてはその実態を調べてもらえば問題の所在がわかるだろうからそれはさておき、古代や中世でも父母と暮らして云々というあたりはちょっと補足というか与太話の延長をしてみたい。 単純な話、古代や中世の「母」が子供を育てていたかということだ。いうまでもなく、乳母(めのと)が育てていた。母乳を与える女がやってきて育てるのである。女性が母乳を出せるのは実の子を産んだ期間に限られることからわかるように、乳母は自分の赤ん坊も一緒につれてくることがある。するとどうなるかだが、乳兄弟というのができる。また、乳母は女ではあるがそのまわりの世話役の男なんかも付いてくることもある。 こういう貴族や名家に乳母をほいほいと手

  • なんで昔の人は結婚できていたのか?: 極東ブログ

    生涯未婚率が上昇していると言われ、当然、比較として、なんで昔の人は結婚できていたのか?という問題がたまにネットの話題に上がる。この手の問題は、解答の要件がはっきりしていないので、どういう話でもいい。寄席の大喜利みたいなものになってしまう。それでもいいのではないかな。そんじゃ。 よく昔の人の生涯未婚率は低いと言われる。生涯未婚率というのは50歳まで結婚したことがない人の人口比である。1920年代でも数パーセントみたいなグラフをよく見かける。これじゃ昔は皆婚社会だったなといった印象である。 1920年とかの起点がそうなっていると、ふーん、昔からそうなんだと思いがちだし、統計に根幹的なミスがなければ、そういうことなんだろう。だが、基点をもうちょっと昔にずらしていくとどうなるか。つまり、昔っていつか。 江戸時代のころはどうだったか。まず、よく言われるように、18世紀、世界に冠たる大都市・江戸だが、