津波で多くの人が亡くなった市民体育館の内部=岩手県陸前高田市で2011年4月16日午前8時15分、長谷川直亮撮影 東日本大震災で壊滅した岩手県陸前高田市民体育館。避難所に指定されていたため住民約100人が逃げ込んだが、生存者は3人だった。その1人で市職員の佐々木英治さん(38)や住民たちの話から「あの時」を再現すると、想定外の大津波に、なすすべもなく流されていった高齢者たちの姿が浮かぶ。 ◇午後2時46分 強い揺れが襲った時、体育館内では県立高田高(同市)女子テニス部員15人が練習中だった。主将の金(きん)優里香(ゆりか)さん(17)は「ステージ側の壁がボロボロ砕けて落ち、天井の大きな照明がゆらゆら揺れて落ちそうだった。扉付近の部員がドアを開け、みんなで外へ飛び出した」と振り返る。 直後に体育館に着いた顧問の川口倫(ひとし)教諭(37)は「体育館の中は停電して真っ暗で、フロアは砂ぼこりが