初音ミクとの共演で話題の冨田勲「イーハトーヴ交響曲」初演は、いよいよ来週23日(金)。コンサートの総指揮に当たっている冨田さんご本人に、軽井沢の別荘で3時間にわたるロングインタビューを敢行しました。「初音ミクと宮沢賢治に共通するもの」とセットでお読みください。 日本初のシンセサイザー音楽から「初音ミク」に至るまで 冨田勲といえば、まず日本のシンセサイザーの第一人者である。70年代に多重録音で制作された数々のアルバムは、どれも強烈な印象が残っているし、ジャンルを問わず、世界中の様々なミュージシャンから尊敬を集めてきた。 ただ、初音ミクを聴く若い世代には、当時のムードも含め、そのイメージはつかみにくいかもしれない。そこで、音楽家として活動を始めた頃から、現在に至るまでの歴史を、長年のファンならおなじみのエピソードも交えながら、ざっと振り返っていただいた。 冨田さんは1932年4月生まれ、今年8
浦和MF柏木陽介(28)が、堅守の大宮から“カウント3”で決勝点を奪った。前半44分。敵陣で相手からボールを奪うと、ダイレクトで前方のMF武藤へ。そのままゴール前に突進すると、武藤と相手DFとの競り合いからこぼれたボールを、右足ダイレクトでゴールにたたき込んだ。 この間わずか3秒。早い攻守の切り替えから、出足よくボールを再奪取して攻勢に回り、相手が体勢を整える間もなくフィニッシュにもっていった。この「詰め」の良さは、柏木が長年憧れ続け、4日前についに対面を果たしたスターの姿にも重なった。 4日夜。柏木は同僚の武藤とともに、都内の焼き肉店に入った。同席していたのは、プロレスラー武藤敬司。浦和の武藤が武藤つながりで親交を深め、ゴール後のLOVEポーズ使用も公認してもらっていた。 しかし、この流れに柏木は、ずっと異論を唱えていた。「オレの方が、ずっとファンやったんやって」。子供の頃からプロレスフ
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