長銀事件で最高裁が無罪判決を出しました。 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080718153916.pdf この事件の公訴事実は、簡単にいえば、長銀の代表取締役等が、取立不能と見込まれる貸出金の償却又は引当をしないことにより,当期未処理損失を過少に圧縮し、虚偽の有価証券報告書を提出した、さらに、配当可能利益がないのに配当を行ったというものです。 具体的には、長銀の関連ノンバンク向け貸付について、長銀が従来の会計慣行に従った方式で処理したのに対し、検察官は、 ① 大蔵省の金融検査部長が平成9年3月5日に出した資産査定通達等により補充された改正後の決算経理基準が、「公正ナル会計慣行」である。 ② 長銀の会計処理は、改正後の決算経理基準に反している と主張して、本来行うべき「貸出金の償却又は引当をしなかった」としたわけです。 元検事だから検察官の味方をす
「長銀刑事事件最高裁判決の意義と今後の影響」についてに対して、ブログ「企業会計に関わる紛争についてのデータベース」(sdpartnersさん)からトラックバックいただきました。 長銀刑事事件最高裁判決 (その1) isologueに、長銀最高裁判決の弥永真生教授の評釈についてのエントリーがありました。 私も磯崎先生の主張を全面的に支持したいと思います。 (なお、最高裁判決の概要をざっくりと理解したい方には葉玉先生のエントリーがお奨めです。) (中略) 私は磯崎先生の論旨に完全に賛成ですが、別の角度からの最高裁の前提を批判したいと思います。 それは、最高裁の見解は、「公正ナル会計慣行」にいう、「慣行」の概念を字義通りの「慣行」(=しきたりとして行われていること(三省堂「大辞林 第二版」より))と解することにこだわりすぎているがためにおかしくなっている、ということです。 「公正ナル会計慣行」と
isologueに、長銀最高裁判決の弥永真生教授の評釈についてのエントリーがありました。 私も磯崎先生の主張を全面的に支持したいと思います。 (なお、最高裁判決の概要をざっくりと理解したい方には葉玉先生のエントリーがお奨めです。) 磯崎先生の主張は、 弥永教授の、「判決は、・・・事実認定の論理的前提として、明確で具体的な規範が提示されていない限り、「公正ナル会計慣行」違反とはならないという発想があるとも考えられる。すなわち、会社の財産および損益の状況を適切に示していないというだけでは、商法および証券取引法違反とはならないと解している可能性がある。」とのコメントに、「極めて強い違和感を感じ」る、 なぜなら、 「真実性の原則は「公正ナル会計慣行」の最も重要な要素の一つであり、それに反する処理が商法に違反してないなんてことは、あるわけがない」 というものです。 (是非、原文を御参照ください。)
最新号の旬刊経理情報(2008/9/10 No.1192) に、筑波大学ビジネス科学研究科の弥永真生教授による「長銀刑事事件最高裁判決の意義と今後の影響」という論文が掲載されています。 掲載されている要旨を引用させていただくと、 長銀刑事事件最高裁判所判決は、事実認定を行ったものにすぎないと見る余地もないわけではないが、その事実認定の論理的前提として、明確で具体的な規範が提示されていない限り、「公正ナル会計慣行」違反とはならないという発想があるとも考えられる。すなわち、会社の財産および損益の状況を適切に示していないというだけでは、商法および証券取引法違反とはならないと解している可能性がある。 といったことが書かれているのですが、これには極めて強い違和感を感じます。 形式論としては、本判決は、あくまで、事実認定のレベルで原判決を破棄したものにすぎず、単なる事例判決であり、本判決の射程距離は限
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