歴史と経済に関するroseknightのブックマーク (24)

  • なぜ戦争はアメリカの“公共事業”になったのか、「戦争は儲かる」の歴史とは 内と外、2つの敵を封じ込める手段が「軍拡」だった | JBpress (ジェイビープレス)

    ロシアによるウクライナ侵攻以降、世界の株式市場では防衛関連企業に投資マネーが流入した。ロッキード・マーチンの株価が2022年12月に過去最高値をつけるなど、とりわけ米国の大手企業が注目されている。古来、「戦争は儲かる」とされてきたが、「軍産複合体」との言葉もある米国では、いつから、どのように、軍需産業の影響力が強まったのだろうか。 (宇山 卓栄:著作家) ソ連と並ぶ敵は自国の労働者 第2次世界大戦が終わる1945年から1953年までの米トルーマン政権下で、政府参謀として力を持ち、労使交渉の問題などで強硬な内容の提言をしていたチャールズ・エドワード・ウィルソンという人物がいました。ゼネラルエレクトリック(GE)社のCEO(最高経営責任者)も務めていた人です。 戦争が終わったばかりの1946年、彼は次のように述べています。 「今日、アメリカが直面している課題は、外敵としてのソ連、そして内敵とし

    なぜ戦争はアメリカの“公共事業”になったのか、「戦争は儲かる」の歴史とは 内と外、2つの敵を封じ込める手段が「軍拡」だった | JBpress (ジェイビープレス)
  • 中世の歴史が物語る中国の先行き

    <中世までの中国は西欧をしのぐ経済発展を遂げていたが、そこから産業革命が生まれることはなかった> 中国がどこまで伸びるか、それは今後の世界の姿、日の政策を大きく左右する。 歴史上、中国の成長が停滞、あるいは腰折れしたことは何度もある。その多くは、戦乱や異民族支配によるものだ。その中で、中世の宋朝から明・清朝にかけての繁栄から停滞への道、それがこれからの中国の行方を暗示するものとなっている。 北京の故宮博物院に、『清明上河図』という北宋の首都・開封の情景を描いた図が陳列されている。西暦1000年頃、イタリアはともかくアルプス以北の西欧はまだ中世にやっと入ろうかという原初の時代。この絵図からは、宋が後の西欧中世商業都市に匹敵、いやそれをはるかに上回る規模と水準の経済を築いていたことが分かる。 『清明上河図』では妓楼(ぎろう)、料理屋、茶屋などが軒を並べている。宋の時代には羅針盤、紙、火薬だけ

    中世の歴史が物語る中国の先行き
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    roseknight 2023/04/15
    近世の立身出世主義は始動力を阻害してきた。民意を利用できたことが中共の強みではある。官僚制は民意を酌んできた末にできたものか?それへの対処が日中の明暗の分かれ目だろう。宋代の如き近代日本体制も終焉だ。
  • 「貨幣改鋳」でデフレから脱却…徳川幕府の財政危機を救った天才官僚

    【読売新聞】調査研究部 丸山淳一  ウクライナに侵攻したロシアに対する経済・金融制裁を受けて、ロシア通貨ルーブルが急落し、一方で 金 ( きん ) の国際価格が高騰している。世界の投資家がルーブルの価値を信用しなくなっているためだ

    「貨幣改鋳」でデフレから脱却…徳川幕府の財政危機を救った天才官僚
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    roseknight 2022/03/02
    延宝検地に関連するように行われた佐渡金山の再開発の話は、現代でも参考になる。名目貨幣の導入も、佐渡再開発の経験から生まれた案なのか?「悪性インフレ説」の背景には、改鋳による投資の促進もあるのだろうか。
  • 戦後の韓国はなぜ貧しかったのか? 活用されなかった日本の資産 『帰属財産研究』で明かされた韓国政府の「でたらめ」な管理 | JBpress (ジェイビープレス)

    (藤原 修平:在韓ジャーナリスト) 爽快な一冊と言うほかはない。『帰属財産研究』(李大根著、文藝春秋、2021年10月発行)は、それまで視界を遮っていた濃霧がすっかり消えたような読後感だった。 終戦により朝鮮半島から引き揚げた日人が現地に残した莫大な「帰属財産」は、その後、十分に生かされなかった。これまで誰も語ろうとしなかったその真実を、沈着冷静に剣を振り下ろすかのような鋭利な分析力で明快に解き明かしている。 韓国で暮らしているとそんなことは小耳にも挟まない。それどころか、「私たちは解放後、当に貧しかった」という話が、神話のように延々と語り継がれ、だから日支配が悪かったんだ、と言うのだ。 潤沢だったはずの日資産 著者の歴史学者、李大根(イ・デグン)が書に取り掛かろうとしたのは、韓国戦後史のこうした固定観念に対して疑問を抱いたからだ。まずこの著書では、日台湾・朝鮮統治の特殊性が

    戦後の韓国はなぜ貧しかったのか? 活用されなかった日本の資産 『帰属財産研究』で明かされた韓国政府の「でたらめ」な管理 | JBpress (ジェイビープレス)
    roseknight
    roseknight 2021/11/28
    韓国は解放後に残った帰属財産の管理で米国に振り回されたのだろうか。韓半島における主導権を握ろうとした米国と李承晩との思いは合っていたか?朝鮮戦争で日本が遺したインフラが破壊された影響もあるだろうけど。
  • 歴史学者ハラリ教授に聞く コロナが抱える危険性,そして未来【報ステ×未来を人から 完全版】【未来をここから】【Yuval Noah Harari】

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    roseknight 2021/11/12
    情報が世界規模で広がる現代では確かに感染症の実態を把握しやすくなっている。だが、民主主義は普遍的価値観ではない故にグローバル化に合わない。各国の政治の違いを認め合うことが必要ではないだろうか。
  • 江戸中期「中国離れ」が現代日本人の基礎を作った

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    江戸中期「中国離れ」が現代日本人の基礎を作った
    roseknight
    roseknight 2021/11/11
    日本の内需経済は17世紀後半からの輸入代替産業の発展によって定着した。地域による分業化は現代の経済にも影響するのでは。そもそも日本は「反中国」を基とした国である。自由主義は日本人には向くまい。
  • 参勤交代の最大の弊害は国許を顧みない若殿が育ったこと

    浅野内匠頭長矩(あさの・たくみのかみ・ながのり)、松平容保(まつだいら・かたもり)——二人とも江戸時代の著名な大名だ。長矩は赤穂藩第3代、容保は会津藩第9代の藩主。生きた時代は違うが、二人には「藩主」であるという他にも共通点があった。参勤交代制度によって生母が江戸に留め置かれていたため、江戸で生まれ、江戸で育ったということだ。 浅野内匠頭は「田舎侍」にあらず 長矩と容保二人に限ったことではない。江戸幕藩体制下の藩主たちは、ほぼ例外なく江戸藩邸で生まれ、江戸で成長した。 藩主は参勤交代によって国許と江戸とを往復するが、子は江戸に居住することを命じられていたからだ。人質である。世継ぎは江戸で生まれ、江戸で若殿として養育されるのである。 『忠雄義臣録第三』より。吉良に斬りかかる長矩を描いている。なぜこのような暴挙に及んだかについて、長矩は調べに対し「私的に遺恨あり、前後を忘れ、討ち果たそうと及

    参勤交代の最大の弊害は国許を顧みない若殿が育ったこと
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    roseknight 2021/08/30
    世継ぎが江戸に残って育ったことは現代の世襲の政治にも繋がるのだろうか。国許と藩主との溝が江戸の発展を妨げたと考えられる。参勤交代は旧来の自民党的な再分配政策の元になっているだろう。
  • 19世紀で人口“4億人超”…資源にあふれた中国が「近代化に遅れた」理由

    どんな国においても、分岐点が存在する。いかにしてその国は出来て、発展したのか。今回は米中対立でその動向が注目される中国を取り上げ、「国家台頭」と「近代化」の時について解説しよう。 ※稿は、『歴史街道』2021年8月号の特集「日史と世界史の転換点」から一部抜粋・編集したものです。 中国王朝が興亡を繰り返した理由 紀元2世紀前後、インドにおいて、中国はサンスクリット語(梵語)で「チーナ・スターナChina staana(「チーナ人の土地」という意味)」と呼ばれていました。「チーナ」は初代統一王朝の秦を表わしており、これがヨーロッパにも伝わり、英語の「チャイナChina」やフランス語の「シーヌChine」になります。 6世紀末の隋王朝時代、インドから伝来した経典の中に、「チーナ」の呼び名があり、当時の訳経僧がこれに「支那」という漢字を当て、一般化しました。 「チーナ」つまり「秦」が中国国家の

    19世紀で人口“4億人超”…資源にあふれた中国が「近代化に遅れた」理由
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    roseknight 2021/07/29
    灌漑農業と交易による経済的な循環で中国が成立したことを考えると、同国には自由主義が向いていたのだろう。清朝自体が国民国家に向かなかったことが近代化の遅れの要因では。中国が国民国家となる日は来ないかな。
  • 政界・警察・芸能界の「守り神」と呼ばれた男、寺尾文孝の“60年史”(伊藤 博敏) @gendai_biz

    寺尾氏の著書『闇の盾 政界・警察・芸能界の守り神と呼ばれた男』の帯文の「書に登場する主な人物」に、次の名が並ぶ。 後藤忠政・田中角栄・周防郁雄・尾上縫・松崎明・田中森一・小林旭・中内功・則定衛・池田保次・中江滋樹・佐々淳行・宅見勝・浜田幸一・羽賀研二・許永中・高橋治則…… 政治家、元官僚、労組委員長、仕手、企業経営者、芸能人、暴力団組長と、その人脈は果てしなく広い。 「寺尾文孝」という男 高度経済成長期のとば口ともいえる1960年、長野県の高校を卒業して警視庁に入庁した寺尾氏は、5年半で見切りを付け、民間に転じてブローカーとなり、秦野章元法相と出会って秘書となったのをきっかけに、秦野氏に持ち込まれるトラブルの処理係として頭角を現わし、「表」「裏」で人脈を築く。 ここまでなら、大物政治家の周辺に数多くいる私設秘書など政界周辺者でしかない。寺尾氏の凄みは、学歴のハンデや中途半端な職歴を補う、

    政界・警察・芸能界の「守り神」と呼ばれた男、寺尾文孝の“60年史”(伊藤 博敏) @gendai_biz
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    roseknight 2021/06/03
    警視庁に見切りをつけたことを見ると、寺尾氏には定型の慣習に従わない傾向があると思われる。これがバブル崩壊からの再出発の一因であり、トラブル処理係としての実力に繋がるのでは。彼の直観に習いたい。
  • 占領期最大の恐怖「公職追放」:GHQに最も抵抗した石橋湛山蔵相(11)

    自民党初の総裁選に勝ったが、総理大臣に在任65日で思わぬ病気のため退陣し、その潔い引き際が今も語り継がれる石橋湛山(たんざん)。彼は戦前、軍部とも闘い、言論弾圧を受けた自由主義者で、ジャーナリストである。終戦の翌年に第1次吉田茂内閣の大蔵大臣となったが、1年後にGHQの指令で戦前の言論活動を理由に公職追放された。数多いパージも中でも最大のミステリーとされる「湛山追放」を4回にわたり考証する。 「私は有髪の僧」 石橋湛山は、日蓮宗僧侶の父(後に日蓮宗総山久遠寺の法主)の郷里、山梨県で育った。中学を卒業するころ、幼名(省三)から湛山と改める。山梨の日蓮宗の寺院には、子弟の名に「湛」を付ける習わしがあったという。 中学の校長が、札幌農学校でクラーク博士の薫陶を受け、熱心なキリスト教徒だったことから、その影響も受けた。石橋は枕元に、いつも日蓮遺文集と聖書を置いていた。石橋は後に回想記で、「私は今

    占領期最大の恐怖「公職追放」:GHQに最も抵抗した石橋湛山蔵相(11)
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    roseknight 2021/06/02
    戦前から一貫して内需を安定させようとした石橋湛山に学ぶ点は多いだろう。特に終戦処理費の削減を達成した実績は計り知れない。GHQの連中や日本政界は経済をどれ程理解していたのかな。積極的財政を彼に習え。
  • 江戸終幕ミステリ― 新政府の「廃藩置県」に大名たちが大して抵抗しなかった理由とは | アーバンライフ東京

    現在の東京の基礎を形づくっただけではなく、日の社会に大きな影響を与えている江戸時代について、さまざまなことを教えてくれるが大石慎三郎『江戸時代』(中公新書)です。 1977(昭和52)年に初版が発行されたもので、「新書」というには「古い」かもしれませんが、今なお、私たちが持つ江戸時代のイメージを揺さぶってくれる内容となっています。 まず、江戸時代というと、織田信長や豊臣秀吉の頃に比べて「停滞」した時代だったというイメージがあるかもしれません。 しかし、少なくとも国内経済に関してはまったく違います。江戸時代の前半は、空前の「大開発時代」であり、河川に対する大規模な治水工事が行われ、今まで洪水によって耕作が不可能だった大河川の下流の平野が生産力豊かな水田地帯に生まれ変わりました。 それまで江戸湾に流れ込んでいた利根川を銚子方面に流す利根川の東遷(とうせん)事業をはじめ、北上川、常願寺川、

    江戸終幕ミステリ― 新政府の「廃藩置県」に大名たちが大して抵抗しなかった理由とは | アーバンライフ東京
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    roseknight 2021/05/24
    江戸時代における治水や品種改良が18世紀頃からの米価安の諸色高に繋がったとは皮肉だ。この状態は江戸前期の開発政策の必然なのだろうが。明治維新において全石高の一割の家禄化はどう出来たかが気になる。
  • 街道と宿場町の発展が地方に強いた負担

    NHK大河ドラマ『晴天を衝け』(第2回)に、興味深いシーンがあった。渋沢栄一が住む血洗島(現埼玉県深谷市)を治めていた岡部藩の代官が、「若殿の御乗り出し」のために道(中山道)を整備するから、御用金を献金せよと、栄一の祖父と父に命じる場面である。 『晴天を衝け』に描かれた領民の悲哀 岡部藩は譜代大名の安部(あんべ)家が藩主である。嘉永3(1850)年、まだ幼少だった12代藩主・安部信宝(のぶたか)は、江戸城に登城し、将軍・徳川家慶(いえよし)に拝謁した。『晴天を衝け』にあった「若殿の御乗り出し」とは、信宝が初めて将軍に拝謁した、この時のことを指していると思われる。 岡部藩は城持ち大名ではない。江戸定府(藩主が江戸に定住)の大名であり、参勤交代の義務はなかった。信宝も江戸にいて、将軍に拝謁(はいえつ)した後に大名行列を率いて国許へ凱旋(がいせん)帰国する予定だったのか、またはこの時は国許にいて

    街道と宿場町の発展が地方に強いた負担
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    roseknight 2021/04/29
    参勤交代における街道整備の金銭・人力負担や助郷制度が農村を疲弊させた。宿場町と言えども個々の経済格差は小さくなかったのでは。参勤交代によるモノの再配分は経済成長を促したが、長続き出来たかは疑問だ。
  • 日本が凋落していった原因は3つ。「バブル崩壊」「冷戦終結」もう一つが…【中野剛志×黒野伸一】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

    が凋落していった原因は3つ。「バブル崩壊」「冷戦終結」もう一つが…【中野剛志×黒野伸一】 この国はどうなる!? ポストコロナとMMT【対談第2回】 バブル崩壊から長期デフレ不況で経済が衰退しているところで襲ってきたコロナ禍の日。この国はこのまま崩壊してしまうのではないか? どうすればこの国は立ち直れるのか? そんな強い危機意識と微かな希望を抱き、最新刊の小説『あした、この国は崩壊する ポストコロナとMMT』(ライブ・パブリッシング)を発売した小説家・黒野伸一氏。この小説執筆の構想に触発を与え続けたともいわれる『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室』(KKベストセラーズ)を著した評論家・中野剛志氏と、「日経済崩壊の当の理由と、この国のゆくえ」について熱く語りあう。1990年代に日が凋落していく姿が活写されていく対談第2回。 2021年3月1日、菅直人元首相と小泉純一郎元首相が会見

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    roseknight 2021/04/19
    丸山眞男の民間主導の考えを無理に達成しようとしたことが平成の失敗か。米国に縋ってばかりの役所の背景には序列主義もあるのでは。継ぎ足しを否定して歴史的連続性を絶ったことへの反省が第一ではある。
  • 貧しい欧州が突如豊かに!19世紀の帝国主義の衝撃 【連載】ビジネスに効く! 世界史最前線(第67回) | JBpress (ジェイビープレス)

    ヨーロッパは高緯度に位置するため、動植物の生育にそれほど適した地域ではありません。そのため人々の生活は、元来はそれほど豊かではありませんでした。ヨーロッパの生活水準が大きく上昇したのは19世紀に帝国主義時代を迎えてからのことです。料が外部世界からヨーロッパに持ち込まれたのが大きなきっかけです。 この時代になると、事以外の面でもヨーロッパは豊かになっていきました。例えば、以前なら夜になるとすぐに寝なければなりませんでしたが、ガス灯のおかげで長い夜を過ごすことができるようになったのです。 いうなれば、現代社会に直接つながるようなライフスタイルが、帝国主義時代のヨーロッパで誕生したのです。 「帝国主義」というグローバリゼーション 19世紀後半の帝国主義時代、世界の政治経済の中心はイギリスでした。イギリスが圧倒的な経済力を背景に自由貿易政策を推し進めたため、世界市場は統一されていきました。イ

    貧しい欧州が突如豊かに!19世紀の帝国主義の衝撃 【連載】ビジネスに効く! 世界史最前線(第67回) | JBpress (ジェイビープレス)
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    roseknight 2021/04/10
    大航海時代から始まった欧州帝国主義が持続的経済成長を可能にした。人口差や移民による賃金の推移も興味深い。エンゲル係数を始めとした統計学と消費の拡大・多様化は相互関係にあるか?日本との関係も知りたい。
  • 英国のアジア進出に貢献、故地追われたアルメニア人 【連載】ビジネスに効く! 世界史最前線(第65回) | JBpress (ジェイビープレス)

    1991年、ソ連が崩壊し、旧ソ連に属していたいくつかの国が独立します。アルメニア共和国もそのひとつです。昨年は隣国アゼルバイジャンとの領土紛争「ナゴルノ・カラバフ戦争」が勃発したことでも注目された国です。 アルメニアは、カスピ海と黒海に挟まれた、ティグリス・ユーフラテス川の源流地帯となるアルメニア高地の東端に位置する、山々に囲まれた国家です。平均海抜は1500から1800メートル、3000メートル級の山々も珍しくないという自然環境にあります。 このアルメニアの地は古くから、さまざまな大国の支配を受けてきました。しかしながら、交易の中継地としての要所となっていたこともあり商業が発展、アルメニア人は、「国家なき商業の民」としても知られていました。アルメニア人は古代からユーラシア大陸の内陸貿易で活躍してきたのです。 その商業力に目を付けたからでしょう。1606年、現在のイランにあったイスラーム国

    英国のアジア進出に貢献、故地追われたアルメニア人 【連載】ビジネスに効く! 世界史最前線(第65回) | JBpress (ジェイビープレス)
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    roseknight 2021/03/20
    アジアや欧州との交流がアルメニア人を信仰や商業面で育てたのか。英国による東印度会社の背景にはインドで根を張ったアルメニア商人の仲介がある。先に会社を建てたオランダとの繋がりは如何なるものかな。
  • 上杉謙信がとった「税金ゼロ政策」、隠された意図は? 「謙信越山」著者インタビュー、歴史に学ぶ思考術3 | JBpress (ジェイビープレス)

    最強と呼ばれるだけあって上杉謙信の「強さ」は多く語られる。ときに義の男、ときに略奪者。しかし、事実を見ると「統治」についても一日の長があることがわかる。 そんな一面を書いたのが歴史家・乃至政彦氏の新著『謙信越山』だ。 上杉謙信という稀代の戦国大名を主人公に、彼が15年にわたって繰り返した関東遠征=越山の理由を掘り下げた力作だが、謙信の「経済政策」への言及は新しい「歴史の見方」を与えてくれる。著者・乃至政彦氏に聞く「歴史で磨く思考術」。(全3回) 第一回はこちら「織田信長と上杉謙信、武田信玄が英雄化した納得の理由」 第二回はこちら「『石田三成は悪者』説、大河で変わる戦国武将の実像」 商売センスがあった謙信の「政策」 ――戦国武将というと「戦う人」「武士」のイメージが強いわけですが、統治する人、国をまわす人としての能力も必要です。『謙信越山』を読むと、特にその点で上杉謙信は一日の長があったこと

    上杉謙信がとった「税金ゼロ政策」、隠された意図は? 「謙信越山」著者インタビュー、歴史に学ぶ思考術3 | JBpress (ジェイビープレス)
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    roseknight 2021/03/07
    税制を動かして世に金を上手く循環させたことが上杉謙信の成功だ。無闇な争いをしなかった点も良い。財務省とは比べ物にならない再分配政策の優良さには驚かされる。現代人は上杉の爪の垢でも煎じて飲めばいい。
  • あのドラッカー絶賛「渋沢栄一」が凄い真の理由

    渋沢栄一もドラッカーも決して順風満帆の人生だったわけではない。時代の荒波に翻弄されながら紆余曲折の人生を送っている。しかし、2人共その紆余曲折の人生の中で、自らの使命を見定め、大きな成果を残した。 ドラッカーは渋沢栄一を高く評価していた。ドラッカーが書いたや論文の中にも渋沢栄一の名前は随所に出てくる。では何を評価していたのだろうか。ドラッカーの『マネジメント務め、責任、実践』(有賀裕子訳、日経BP)には次のような文章がある。 「渋沢栄一が、誰よりも早く1870年代から80年代にかけて、企業と国家の目標、企業のニーズと個人の倫理との関係という質的な問いを提起した。20世紀に日は経済大国として興隆したが、それは渋沢栄一の思想と業績によるところが大きい」 渋沢の洞察力を高く評価していたドラッカー 『断絶の時代』(上田惇生訳、ダイヤモンド社)では、かなりの紙面を使って岩崎弥太郎と渋沢栄一の偉

    あのドラッカー絶賛「渋沢栄一」が凄い真の理由
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    roseknight 2021/02/13
    事の本質を見て、新しい社会の全体像を創るために何が必要かを考えてきた点で渋沢栄一とドラッカーは一致する。道徳観故の人間や社会への憤りが原動力か。父権や感情性を失った現代日本人に彼らの真意は伝わるか?
  • 「応仁の乱」から京都が復興を遂げた意外な理由

    「京都大復興の立役者」は誰か? 被支配階層が団結によって惣村や寺内町をつくって生活の安全を図り、逃散や土一揆、一向一揆によって己の要求を貫徹した現実を紹介してきた。じつは、商売やもの作りで生活している人々も、室町から戦国時代にかけて同じような状況をつくっていた。 例えば京都である。応仁の乱で京都の中心部は戦場になり、大きな被害を受けた。それを復興させたのは、町衆と呼ばれる豊かな商工業者たちだった。市中には彼らが運営する「町」という自治組織が続々と誕生していった。地方の荘園における惣村と同じように、町衆は町掟(規則)をもうけて自検断(独自の裁判)を行い、町の出入り口には木戸をつくって防御機能を高めた。 町は、さらにいくつか集まって町組となり、町組は町衆から選ばれた代表である月行事によって運営・統括されるという自治体制が京都に誕生した。1500年には、約30年ぶりに祇園会を開催、三十六基の山鉾

    「応仁の乱」から京都が復興を遂げた意外な理由
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    roseknight 2021/02/10
    京都や堺の発展は町人らの自治によって起きたのか。背景には宗教があることもある。庶民と権力の間に存在する中間共同体の存在は大きい。これを自らの支配下においた織田信長の手法も参考になるだろう。
  • 現代人が「渋沢栄一」に学ぶべき哲学のすべて | 埼玉県庁 | 東洋経済オンライン

    2021年2月から始まる大河ドラマ「青天を衝け」。その主人公は、新・一万円札の顔に選ばれた渋沢栄一だ。彼は500社にも及ぶ企業を生み育て、600の社会福祉公共事業に携わった、まさに「近代日経済の父」。もともとは官界にいたが、実業界の人材不足に危機感を覚え、33歳にして自ら民間に転じた経歴を持つ。明治維新という激動の時代に日経済の礎を築いた彼の哲学から、現代のビジネスパーソンは何を学ぶべきか。渋沢栄一の出身地である埼玉県の大野元裕知事と、渋沢栄一の玄孫・渋澤健氏が語り合った。 近代日経済の父が語った「合主義」の中身 大野 「近代日経済の父」と呼ばれる渋沢栄一ですが、実は、資主義という言葉は使っていなかったそうですね。 渋澤 そうなんです。栄一は「合主義」という言葉を使っていました。若い頃の彼は、一生懸命働く民衆から御用金を取り立てる幕府に憤りを感じ、尊皇攘夷思想を強めていました

    現代人が「渋沢栄一」に学ぶべき哲学のすべて | 埼玉県庁 | 東洋経済オンライン
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    roseknight 2021/01/06
    「経営者、国民が勇気を持って世づくりに参画しなければ、悔やむことが起こるかもしれない」とは言い当て妙だ。際限なく富を追求する姿勢は格差を助長して社会を壊す。倫理観を国民間で共有することが必要である。
  • 【翻訳】緊縮財政とナチスの台頭 - 朴勝俊 Park SeungJoonのブログ

    欧米諸国の多くは2007-2008 年の金融危機からの債務問題に対応するために、ディープな緊縮財政を追求してきたが、COVID-19 の景気刺激策の結果、再び緊縮財政を行う可能性がある。コラムでは、1930年代初頭に緊縮財政がいかに社会的苦痛を悪化させ、政治的不安を助長し、ドイツでナチス党の台頭への道を開いたかをレビューしている。著者らは、ワイマール政府が社会的苦痛に対する首尾一貫した対応をしなかったことが不景気を悪化させ、ドイツの有権者の過激化と分極化に寄与したと論じている。 2020年8月16日 グレゴリ・ガロフレ・ヴィーラ、クリストファー・マイスナー、マーティン・マッキー、デヴィッド・スタックラー 著 2021年1月4日 朴勝俊 翻訳 原典:VoxEU.org https://voxeu.org/article/fiscal-austerity-and-rise-nazis 緊縮財

    【翻訳】緊縮財政とナチスの台頭 - 朴勝俊 Park SeungJoonのブログ
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    roseknight 2021/01/05
    緊縮財政による低所得者への打撃、特に住宅や医療における悪影響がヒトラー台頭の要因であることが分かる。過酷な増税は社会の不公平を生産した。このことは消費税に苦しめられる今の日本にも言えることだろう。