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切込隊長と心理に関するryo_zinのブックマーク (2)

  • ビジネスにおける被害妄想問題 - やまもといちろうBLOG(ブログ)

    自意識過剰な人が陥りがちなことに、「日社会は出る杭を叩く。俺がやろうとしていることを出資者やクライアントや会社や上層部や先輩や同僚は理解してくれない」と周囲に責任を押し付けることがある。 いや、それはお前が出る杭ではなく、出す提案に説得力がないからだって。 突飛なアイデアであっても、トライすることに価値がありそうなら資金は不況でも集まるし、最低でもプレゼンする機会は与えられると思うよ。そういうチャンスが回ってこなくて、周囲の無理解を批判するのは、環境に恵まれていないからじゃなくて、聞いてもらうための環境設定に問題があるからなんだ。 で、出た提案に説得力がなかったとしても、何度か出資者候補やクライアントと調整することによって、ブラッシュアップされたり、コンセプトがきちんと定まったり、コストの見直しで最終収益がもう少し確保されそうだったり、より良い計画になることだってある。そうなってから、再

    ビジネスにおける被害妄想問題 - やまもといちろうBLOG(ブログ)
    ryo_zin
    ryo_zin 2009/07/18
    「もっと気軽に逝こうぜえ。毎日せっせと頑張っていれば、そのうちいいことだってあると信じて一歩一歩歩いていけばいいんだ。」
  • 切込隊長BLOG(ブログ) - 頭のいい人ほどあっさり引っかかる

    分からない人は読まなくていいっス。 「ちょっとした書き間違い」と文意を一部省略した重要単語の組み合わせは、頭の回る有能な人ほど文意を特定の方向に補完して可能性を狭め誤分析し、錯誤に到る。無論、私は立場表明も件事案の評価も表明していない単なる傍観者であって、特段の情報も持ち合わせておらず当事者の誰かを評価したり批難する資格もない。 昨今発生した重大な齟齬は、直面した事態を収拾するために弄した策の非一貫性(辻褄の合わなさ)と関係者同士の主観・立場の違いにおける認識ラグにその根拠が求められるものであり、誰かが良いとか悪いとか、どうすべきかといった評価の対象にすらならない。 蛇足もついでに。主体と客体の境界線がはっきりせず、主体そのものの定義、実在があやふやなとき、主体の定義は客体が設定する。主体がおぼろげであるほど、客体は主体を見極めようと目を凝らす、そしてそのことそのものが主体を引き立

    ryo_zin
    ryo_zin 2007/03/09
    恐らく、誰かのために技能、才能を使うことに熟達していても、自分のために活かすことはできない何かなのだろう。願わくば、その才覚が社会のために生きんことを。
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