顕正会の根本邪義である『国立戒壇論』を支えているが、【六大秘法のうち事の戒壇は広宣流布の暁に建立される御遺命の戒壇であり広布以前に戒壇の大御本尊がまします処は、その意義が事の戒壇に通ずるが故に義の戒壇というのであって、絶対に事の戒壇とはいえない。したがって、『戒壇の大御本尊まします処は、いつでもどこでも事の戒壇』とする宗門の立場は大聖人の仏法に違背している】という浅井の己義・邪見の戒壇論である。最初に言うが。顕正会の言う【義の戒壇】とは日寛上人の御指南からの引用で、大聖人の御書に【義の戒壇】などという言葉どこにもない。そして日寛上人の御指南の中にも、【戒壇大御本尊は義の戒壇である】といった言葉はどこにもないのである。これだけで浅井顕正会の戒壇論が己義・邪見であることが証明できる簡単な代物だ。顕正会員は『法華取要抄文段』の「初めに義理の戒壇とは、本門の本尊の所住の処は即ち是れ義理、事の戒壇に