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ブックマーク / kaikai00.hatenablog.com (5)

  • 迫っていく学び - 今日行く審議会

    時々、昔の実践記録を読んだりする。といっても自分がやったものではなく、他の人がやった実践の記録で、数十年前のもの。そういうものを読みながら思うのは、「迫っていく学び」がとても重要だということ。 今、学力の低下なんてことがよく言われる。そして、基礎学力重視ということが言われる。その中でものすごく減っているのは、「迫っていく学び」だ。 今の子どもたちは、この言葉の意味はこうで、この公式はこれでという「知識」は結構持っている。そして、そういうものを学ぶ時間はたっぷりと用意されている。でも、問題の核心や質に迫っていくような学びのための時間は少ない。あったとしても表面の部分をさらっと流して終わるようなものが多い。 例えば、総合的な学習の時間に特徴的にそういうのが現れる。総合的な学習の時間で「福祉」について学ぶというとき、福祉施設を訪問して何かやって感想をまとめて終わるというようなことがある。子ども

    迫っていく学び - 今日行く審議会
    yugui
    yugui 2006/10/08
  • 思いの強さ - 今日行く審議会

    最近、教育法について議論した帝国議会の議事録を読んでいる。それを読むと、当時の人たちの教育に対する思い、教育法に寄せる思いの強さを感じる。その当時の議論と比べると、先日の教育法改正についての議論は、とても薄っぺらな議論だなと思う。 占領期に制定されたとしても、その当時の議員は今の議員よりも教育について考えているし、教育法がどれだけ重要か知っていて議論している。その当時の議論を踏まえることもなく、簡単に教育法を改正すると言っている。教育政治の単なる道具という程度にしか考えず、政治のためにどう利用しようかということしか考えていない。教育法がそういう人たちの中身のない議論で改正されるのは間違っている。

    思いの強さ - 今日行く審議会
    yugui
    yugui 2006/09/18
    "教育を政治の単なる道具という程度にしか考えず"
  • なぜ「日本語」なのか - 今日行く審議会

    6割の外国籍小中学生が「授業の内容が分からない」(栃木) 県内の小中学校に通う外国籍の児童・生徒の約6割が、日語が分からないために授業内容が理解できないことがあることが、宇都宮大の調査で明らかになった。 外国籍の子どもを教育するのになぜ日語で日の教員が教育をしなければならないのだろうか。外国籍の子どもを外国籍の教員が教育することがなぜできないのだろうか。 記事によれば、 日常会話は出来ても、授業や試験問題を理解するための「学習言語」が十分に身についていない子供が多いことが分かった。 という。外国籍の子どもが「学習言語」を十分に身に付けることが困難だと言うが、なぜ日語の「学習言語」を身に付けなければならないのか。その子どもの母国語や公用語で教育を受けることができればそういう問題は起こらない。 日の学校で教育を受けている外国籍の子どもたちもいつかは母国に帰ることがある。そうしたときに

    なぜ「日本語」なのか - 今日行く審議会
    yugui
    yugui 2006/07/24
    むー。
  • 日本の「ニート」は名前は同じで諸外国とは全く異なるらしい - 今日行く審議会

    正社員採用の拡大 約80万人といわれるニートはどうだろう。これは難しい。ニートは明らかに豊かさが生み出したという側面がある。働かなくとも、学ばなくとも生活が出来るからニートでいられるのだ。だから今後も増える可能性が高い。貧しい国ではニートは存在できない。児童労働が問題とされる国を見れば瞭然(りょうぜん)だ。いや、かつての日を振り返ってもよい。ニートとは、豊かさの結果が、将来の貧しさの原因に転じつつあることの兆しなのだろうか。 これが正しければ、「NEET」という言葉を創り出したイギリスやヨーロッパ諸国と日の「ニート」は名前は同じでも全く異なるものになる。「貧しい国ではニートは存在できない。」というのはヨーロッパでは全く通用しない論理だからだ。 宮みち子氏は次のように指摘している。 日型の移行期は,子どもの教育責任をもっぱら親に負わせる日社会の構造と切り離しがたい。若者の貧困化が隠

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    yugui
    yugui 2006/04/19
    asahi.comテラワロス
  • その文化・伝統とは何か - 今日行く審議会

    カリキュラム・ポリティックス―現代の教育改革とナショナル・カリキュラム 作者: マイケル・W.アップル,長尾彰夫,ジェフウィッティ,Michael W. Apple,Geoff Whitty出版社/メーカー: 東信堂発売日: 1994/06メディア: 単行 クリック: 2回この商品を含むブログ (10件) を見る アップルはリチャード・ジョンソンの次のような言葉を引用している。 これらのような表現形式においては、文化は人々の均質的な生活様式、あるいは伝統として考えられ、差異や関係性、または権力の[作用している]領域の一つとしては考えられていない。所与の国民国家あるいは国民内部での社会的方向性や文化の現実の多様性に対する認識は全く与えられていない。にもかかわらず、国民の文化のうちの選択的なものが、どのような社会的アイデンティティ[を持つ人々]に対しても絶対条件として備え付けられる。異なる文

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