フィレンツェの絵を見ると、都市全体が城壁で囲まれているのがわかる。この城壁は明らかに都市の住民である市民を守るものであった。中世ヨーロッパに成立した都市のほとんどがこのような構造をもっており、城壁のことをブルグ(Burg/ドイツ語)・ブール(フランス語)・グラード(ロシア語)といい、そのなかに住む人々をブルジョア(bourgeois=市民)と呼んだのである。 ルネサンスの原動力は、都市に住む商人たちの経済力だった。なかでも、北イタリア・フィレンツェの爆発的な経済発展は、十字軍遠征後の東方貿易によるものだった。 14~16世紀のフィレンツェの経済力は当時のヨーロッパに並ぶ都市はなく、総生産量はイギリスのそれを上回るほどだった。 商業活動は活発化し、計算に向くアラビア数字がいちはやく導入され、小切手・信用手形・担保などの新経営方式もフィレンツェで生み出されたものだ。また、教育水準も高く、新興の

