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タモリと酒場と「火曜日の放火魔」 | 文春オンライン
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タモリと酒場と「火曜日の放火魔」 | 文春オンライン
「火曜日になったばかりだというのに大変なことになりました。私の目の前の駐車場にあったライトバンの... 「火曜日になったばかりだというのに大変なことになりました。私の目の前の駐車場にあったライトバンの中に火がつけられ煙があがっています。弥次馬がどんどん集まっています。大変なことになりました」 1977年2月1日午前1時、ラジオ番組『河野嘉之のオールナイトニッポン』の放送が始まるやいなや、ニッポン放送記者の大沼渉は中継先の東京・新宿から放火の第一報を伝えた(『総合ジャーナリズム研究』1977年春季号)。 新宿周辺では前年の11月より3カ月にわたり、毎週月曜から火曜未明にかけて各所で不審火が発生していた。6週目の火曜日、12月21日に西大久保で起きた連続3件の放火から、「火曜日の放火魔」なるあだ名がつけられ一気に世に知られるようになる。 1977年が明けて1月4日には歌舞伎町が集中的に狙われ、バーなど7軒が全半焼した。警視庁は特別捜査本部を設置、1月24日夜より大包囲網を敷いた。ニッポン放送でも

