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「どうせわからないから」と誤魔化すと失敗する…認知症検査を拒み続ける母を動かした息子の一言 重要なのは「真心で向き合う」こと
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「どうせわからないから」と誤魔化すと失敗する…認知症検査を拒み続ける母を動かした息子の一言 重要なのは「真心で向き合う」こと
記憶が曖昧になり、自分が自分でなくなり、言動もおかしくなっていく、そんな病だと診断されるのは誰だ... 記憶が曖昧になり、自分が自分でなくなり、言動もおかしくなっていく、そんな病だと診断されるのは誰だって怖い、だからできれば検査したくない、先延ばししたい……。 そう思ってしまうのも人情ではないだろうか。 それに、認知症は「どこが痛い」「あそこが悪い」という、いわゆる「病識」がない。 客観的に見て「ここが悪い」と判断することもできない。 そのため、当人も医師も積極的に治療しようとなかなか思えない。 さらに言えば、認知症で命を落とすということはほとんどない。 今でこそ早期発見のために検査を受けることが推奨されているが、当時は検査をすることはおろか、認知症の疑いを持つことさえ、まれだった。 命を落とす危険がないというのは、本来喜ばしいはずなのだが、そのことが皮肉にも油断を招き、病状を進ませることになるのである。 また、人にもよるが、進行が極めて緩やかであるという点も、認知症の大きな特徴かもしれない

